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【第25回中区定期ミニ学習会】

2017年10月26日(木)

日時:2017年10月26日(木)19:00〜約2時間
場所:ウェンディひと・まちプラザ 北棟 研修室〈A〉

テーマ
ABCC・放影研の歴史的役割
―放射能安全神話と原発など核施設―
その⑤ 新しきい値論の登場と福島原発事故後の日本

▷第25回配布レジュメ


開場は18:30となります。
報告【第24回中区定期ミニ学習会】

2017年10月24日(火)

10月19日(木)に開催した【第24回中区定期ミニ学習会】の報告です。
ご参加くださいました皆様、誠にありがとうございました。お疲れ様でした。
ウェンディひと・まちプラザにて約2時間の開催でした。

テーマ
「ABCC・放影研の歴史的役割その4
―T65Dの根本的見直しを迫るマンキューソのハンフォード研究
ー原爆被爆者データの非科学性をはしなくも曝露―」



▽第24回配布レジュメ

(第23回で配布したレジュメの続きが残っておりましたが、新たに第24回用のレジュメを作成いたしましたのでこちらをご覧ください)

前回のミニ学習会では、ICHIBANプロジェクトによって作成された線量推計体系『T65D』が修正を迫られた本当の理由について学習しました。マンキューソが行なったハンフォード工場の研究結果では『T65D』で想定している被曝線量よりもはるかに低い線量でさまざまな健康被害が発生していることが明らかになったからです。

◼️ハンフォード工場の研究
ハンフォード工場のマンキューソ研究では、労働者にフィルムバッヂを付けて被曝線量を測定しました。広島・長崎の被爆者はあくまで『T65D』を用いた推計で、ハンフォード工場の研究の方がはるかに正確でした。規模もおよそ2万8000人を対象とした調査で広島・長崎被爆者データにひけおとらない規模です。誰の目から見てもハンフォード工場の研究は信頼のおけるものでした。
マンキューソ研究を当てはめてみると、『T65D』をもとにした広島・長崎での放射線リスクに対してハンフォードは10倍の違いがありました。つまり広島・長崎でのリスクは実際より10分の1も過小評価されているということになります。
ICRPのリスクモデルは広島・長崎の原爆被爆者生存者のデータ(LSS)をもとにして作られています。そのデータは『T65D』を用いて作られています。すなわち、『T65D』が怪しいとなると、ひいてはLSSも、ICRPのリスクモデルも怪しい、ということになっていきます。

◇このシリーズのここまでの時系列◇
1951年◯ネバダ砂漠で大規模な核実験が開始される
1956年◯「ICHIBAN」プロジェクト開始
1960年代〜◯アメリカで原発の操業ラッシュ
1965年◯『T65D』確定 ◯AECからマンキューソにハンフォード工場研究を依頼
1964年◯「ICHIBAN」プロジェクト最終報告
1974年◯ワシントン州のミラム研究・当時は公表せず
1975年◯AECはマンキューソとの契約を打ち切る
1976年◯ハンフォード工場研究を公表

◼️中性子爆弾の開発
アメリカは1950年第終わりには中性子爆弾を開発していました。「使える核兵器」(熱線と爆風のエネルギーを抑え放射線のエネルギーを高めた核兵器で局所的に実用できることが求められた)として本格的な実戦使用開発をしようとします。
その開発の一環として、1974年から中性子線の殺傷能力を調べるため広島・長崎原爆での放射線の殺傷能力を再評価する研究が始まりました。
すると、広島・長崎での原爆放射線スペクトルが、推定と大きく異なっていることがわかったのです。その推定は『T65D』でも利用された推定です。『T65D』で使われたスペクトルは実は実際の原爆でのスペクトルではなく「ICHIBAN」プロジェクトで求められたものでした。

アメリカ原子力委員会はこのことを『T65D』の見直しをする理由に利用します。
正しいと信用していた『T65D』には誤りがあった、それは中性子爆弾を開発中に広島・長崎の原爆放射線スペクトルの算定に誤りがあるためだ、それはある科学者のリークによって判明の糸口が暴露された、ということにしたのです。そしてそれは、広島・長崎の湿度を考慮しなかった1人の科学者の些細なミスによるものだった、とされました。

◼️マンキューソ問題の大きな波紋
1977〜78年アメリカでは放射線のによる健康影響の不安が高まっていました。マンキューソ問題が大きな社会問題となり、1978年2月に、米下院「健康と環境小委員会」で公聴会が開催されました。
この公聴会の意義は、マンキューソ問題を通じて「低線量被曝がいわれたように決して安全ではないこと」が確認され、また「放射能安全神話」を宣伝する科学者や行政の規制当局者が核産業の利益とつながっていることがある程度明らかにされたことでした。
これ以降、NCRP(アメリカ放射線防護審議会)や全米科学アカデミー、ICRPは公式に「被曝量に安全なしきい値がある」とは言えなくなりました。そうではなく「放射線被曝には安全な線量はない」ことを認めなくてならなくなりました。
そしてそれからほぼ1年後の1979年3月にスリーマイル島原発事故が発生します。

◼️ラドフォードの「BEIR Ⅲ」委員会報告
マンキューソ問題、スリーマイル島原発事故と立て続けに打撃を受けたアメリカの核推進勢力は、『T65D』の見直しを慎重に進めなければなりませんでした。「放射線リスクモデル」の根本的な変更は避けねばなりません。核兵器開発や原発推進に大きな支障が出るからです。
しかし、追い討ちをかけるようにスリーマイル島原発事故直後に発表される「BEIR Ⅲ」報告をめぐり核推進勢力内部で対立が起きます。
「BEIR Ⅲ」のテーマはズバリ「低レベル電離放射線の集団への影響」です。「BEIR Ⅲ」委員会の委員長、エドワード・ラドフォードの報告は、今はICRPの公式見解である「線形しきい値なし理論」に基づいて「低線量でも被曝に安全量はない」という考え方を打ち出し、低線量被曝にはそれまでの見解に対して2倍のリスクがあるとする内容でした。ラドフォード報告はスリーマイル島原発事故直後の発表とあって、世間の関心も高かった、それだけに核推進派の激しい批判を浴びることになりました。この報告は撤回され、翌年、リスク推定を基本的には半減させるような見直し報告が公表されましたが、ラドフォードはその結論の受け入れを拒否しました。

この委員会の結論は環境保護局が放射線防護基準を更新するに際して使用されるため、核産業にとって極めて重要でした。ラドフォードは核推進派が絶対に避けたい「リスクモデル変更」に手をつけたために全米アカデミーから批判されたと見ることができます。
それは、委員の1人が「もし指針レベルが彼の望むレベルに下げられれば、核産業はなどは存在出来なくなるだろう」と述べたエピソードに象徴されています。

◇ここまでの時系列◇
1977年◯『T65D』見直し開始
1978年2月◯「健康と環境小委員会」公聴会開催
1979年3月◯スリーマイル島原発事故発生
1979年5月◯「BEIR Ⅲ」公表、翌年には撤回される

◼️新「しきい値論者」の弱み
前述の公聴会以降、ICRPが「放射線被曝には安全な線量はない」こと認めたにもかかわらず、今なお「しきい値」の議論が続いています。
放射線影響研究所のWebサイトの「福島原発関連」コーナーの「放影研における原爆被爆者の調査で明らかになったこと」という文章でこう記しています。

「この(放射線)リスクは100ー200ミリシーベルト以上では放射線の被曝量に比例していますが、それ以下ではどういう関係になっているかは分かっていません。もしがんのリスクは被曝線量に比例的で「しきい値」(それ以上の被曝で影響があり、それ以下では影響がない境目の被曝線量)がないと考えるならば、100ミリシーベルトでは約1.05倍、10ミリシーベルトでは1.005倍と予想されます。」

100ー200ミリシーベルト以下では「よくわかっていない」と言っています。そして「しきい値」はないと仮定すると、と述べ、「しきい値」があるかのようなことも匂わせています。
放影研では、1980年代までに解決した問題、すなわち「放射線量に安全量はない」という主張をまだ認めていないのです。

これまでの公害・環境汚染問題から学んだことを鑑みれば「危険かどうかわかっていない」のなら安全かどうか確認できるまでは危険とみなし、その使用や操業を禁止するのが「安全防護」の基本原則であるはずです。ところが放射線防護の世界ではその原則が通用しないのです。「よくわかっていない」まま、年間の公衆被曝線量は20ミリシーベルトとされ、お米1kgあたり500ベクレルを上限、とされています。これは形を変えた「新しきい値論」です。

《厚労省が2012年に作成したリースレット・食べものと放射性物質のはなし その①》
全国のスーパーマーケットなどに配布されました。それには「基準値以下の食品は、ずっと食べ続けても安全です。」と言い切っています。「放射線被曝に安全量はない」のですから、これは根拠のない嘘です。

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今回はレジュメ13ページ〈新「しきい値論者」〉の弱みまで進みました。
次回はこの続きになります。

学習会の中身をかいつまんで報告致しました。割愛した部分にも重要なことがあります。
◯ハンフォード工場研究の信頼性
◯中性子爆弾開発に広島・長崎のデータを使用
◯「健康と環境小委員会」公聴会を開催した議員
などなど、詳しくは是非レジュメをご覧ください。

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過去の学習会レジュメ・資料は伊方原発運転差止広島裁判のウェブサイトの"参考資料"でご覧いただけます。

◯次回告知◯

※いつも利用しているひと・まちプラザが催事で利用できない為、
変則的ですが、10月前半2週をとばして後半2週を連続開催いたします。
10月の開催は19日と26日となります。ご了承ください。

次回【第25回中区定期ミニ学習会】
日時:2017年10月26日(木)19:00〜約2時間
場所:ウェンディひと・まちプラザ 北棟 研修室〈A〉
テーマ
「ABCC・放影研の歴史的役割その3
―T65Dの根本的見直しを迫るマンキューソのハンフォード研究ー
原爆被爆者データの非科学性をはしなくも曝露」
(続き)

※事前申込不要 ※参加費・資料代無料
どなたでもご参加いただけます。
どうかふるってご参加頂くようお願いいたします。


報告者:哲野イサク(伊方原発広島裁判原告、Webジャーナリスト)
世話係進行係:重広麻緒(伊方原発広島裁判原告)
問い合わせ先:ミニ学習会係 mini-kkr@hiroshima-net.org
【第24回中区定期ミニ学習会】

2017年10月19日(木)

日時:2017年10月19日(木)19:00〜約2時間
場所:ウェンディひと・まちプラザ 北棟 研修室〈A〉
テーマ
「ABCC・放影研の歴史的役割その3
―T65Dの根本的見直しを迫るマンキューソのハンフォード研究ー
原爆被爆者データの非科学性をはしなくも曝露」
(続き)
開場は18:30となります。

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