被爆地ヒロシマが被曝を拒否する伊方原発運転差止広島裁判
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「ふるさと広島を守りたい」ヒロシマの被爆者と広島市民が、伊方原発からの放射能被曝を拒否し、広島地方裁判所に提訴します

(▼以下の内容は広島1万人委員会第74回チラシを転載しています。)

ウクライナ政府報告が伝える、チェルノブイリ事故による広汎で長期的な健康被害


 ウクライナにはチェルノブイリ事故による犠牲者が今現在どのくらい存在するのでしょうか?
 ウクライナ労働・社会福祉省に正式に登録された人たちで2010年末現在約221万人存在します。第1分類は「事故処理作業者」、第2分類は「強制避難・移住させられた住民」、第3分類は「比較的低線量汚染地域に居住する住民」、第4分類は「第1分類から第3分類の人たちから生まれた子供たち」です。

 また死亡した時点で登録から外れます。この数字は現在生存している人たちの数字です。

 このデータを知るだけで国連科学委員会報告「一般公衆の中の子ども・青年の中に6000名以上の甲状腺がんが発生。うち15名の死亡者。大部分の人口に重篤な健康問題は現れていない」という報告がいかにデタラメかがわかります。気になるのは、犠牲者総数は1996年の321万人から2010年の221万人に減っているとはいうものの、その長期的な健康影響の深刻さです。1996年はウクライナの総人口は5106万人でした。総人口に占める登録者は4.33%でした。その15年後、2010年の総人口は4587万人に激減しています。総人口に占める登録者の比率は4.82%と逆に増えています。これは一体どうしたわけでしょうか?2010年といえば事故発生から25年も経過しています。


健康な子ども(両親が被曝)の割合が激減

 それを説明するひとつのデータが表13です。この表は被曝した両親から生まれた子どものうち健康なこどもの割合が年々減少しているというデータです。ここで研究対照となっている子どもたちはほぼ第4分類の人たちと重なっていると考えることができます。

 何らかの「慢性疾患を抱える子ども」の定義も問題ですが、表13で扱う1992年から2008年の間で「慢性疾患を抱える子ども」の定義が変わった訳ではありません。ですからひとつのはっきりした傾向と見ることが可能です。1992年事故後6年時点では健康な子どもと慢性疾患を抱える子どもの割合は拮抗していたのに、年を経るに従って健康な子どもの割合は激減していき、逆に慢性疾患を抱える子どもの割合はどんどん増えていき、2007年-2008年には80%近くなっています。時間の経過と共に死者がどんどん増えますから、統計上は数が減ったように見えても割合は逆に増えている、という現象になるのだと思います。


遺伝的影響を強く示唆?

 ウクライナ政府報告は淡々と事実関係を提示しあまり分析めいたこと、結論めいたことを書かないのが特徴です。ここも「内分泌疾患が11.61倍、筋骨系疾患5.34倍、消化器系疾患5倍、精神及び行動異常3.83倍、循環器系疾患3.75倍、泌尿器系疾患3.60倍」に増加したと、述べるに止めており、わずかに原因分析と見られる記述は「これらの子どもは、免疫学的パラメーターの頻度が生理学的な変動幅を越えていて」、これが慢性的疾患を形成する源となっている、と説明するのみです。

 そして続けて、1987年、事故処理作業者(第1分類)から1万3136人の子どもが生まれたが、そのうち1190人に先天性欠損(1000人あたり90.6人。大ざっぱにいって10人に1人)が見られた、と記述しており、何らかの遺伝的影響がありうることを強く示唆する内容となっています。

 これは私の全くの素人考えですが、恐らくは細胞間通信の異常が起っていると考えることもできます。細胞に関する研究は今まだ進展中ですが、ひとつには『ゲノムの不安定性』という現象が判明しています。これは、被曝した細胞のゲノムは次世代に継承されても、不安定性が持続すると言う現象です。 





胎児期に被曝した子どもたちの慢性的な身体症状(甲状腺被曝線量による)


 15頁表14は胎児期甲状腺被曝した子どもたちの健康状態に関するデータです。やはり甲状腺被曝吸収線量の段階でこどもたちの健康状態を表しています。表中に出てくるプリピャチは、チェルノブイリ原発にもっとも近い町で事故現場から4kmしか離れていません。4月26日事故発生でもっとも早く避難させられた地域でもあります。その時の模様を同報告書から引用します。「(旧ソ連の)政府委員会が直面した最初の課題はプリピャチの運命を決定することだった。26日の晩方までにはプリピャチの空間線量率は毎時数百ミリレントゲン(レントゲンは当時の単位。1レントゲンは8.77mGyに相当する)に達していた。・・・政府はプリピャチの住民を避難させることを決断した。26日から27日にかけてキエフなどから1390台のバスと3本の列車がプリピャチに到着した。27日の午後2時から3時間の間避難が実施された。この時4万5000人の住民がプリピャチの町を後にした」(同報告書21頁)

 つまりプリピャチの住民はもっとも高い被曝線量に曝されたけれど、一番早く危険ゾーン(30km圏)を脱した人たちでもありました。

 表14はその時胎児だった子どもと避難がずっと遅れた汚染地域に居住して胎児だった子どもの健康状態を比較したデータです。プリピャチに居住していた胎児では、甲状腺の被曝吸収線量が0.01-0.35Gy(グレイ)、0.36-0.75Gy、0.76-1.0Gy、1.0Gyといずれのレンジでも、慢性的身体疾患を持つ子供の割合がほぼ40%強と変化がないのに比べ、汚染地区で胎児だった子どもたちでは、レンジが上がるにつれ、確実に慢性的身体疾患を持つ子供の割合が増え、1.0Gyのレンジでは80%を越してしまいます。またどのレンジにおいても、プリピャチに居住した胎児の方が汚染地区に居住していた胎児よりも、慢性的身体疾患をもつこどもの割合が低いことが指摘できます。このことから同じ被曝吸収線量なら短時間(プリピャチの住民は少なくとも26日午後から27日午後5時くらいまで、町を脱出するまで被曝した)、よりも長時間被曝する方が健康影響が大きい、といえそうです。またここでも同じ教訓、一刻も早く被曝環境を脱することが重要だ、ということはもちろん指摘できます。



被曝の時期と妊娠期間による異常個体数の違い

 表15は、妊婦の妊娠時期と異常個体数の発生件数の関係を表した表です。この表で見るように、被曝が妊娠時期(着床時期)の早期であればあるほど異常個体数の発生件数が増える、という至極当然のデータです。当たり前といわれればその通りですが、実際妊婦の立場に立ってみると、上記の状況を避けることはなかなか困難であることは容易に想像がつきます。まず被曝環境から避難できる環境や条件が、実生活ではなかなか整わないこと。つぎに妊娠を知る時期がどうしても実際の妊娠時期よりも遅れがちになることがあげられます。(ただしこのデータでは異常個体といっても奇形などを指すのではなく、染色体異常など小さな異常を指しています)



 ところでこの報告書では当然のこととして、なぜこの現象が起こるのかについて全く説明していません。しかしこれは細胞周期に関係していることは容易に想像がつきます。細胞周期で細胞分裂時の細胞の放射線感受性が高くなり、妊娠早期であればあるほど激しく細胞分裂現象を起こし、結果として放射線感受性が高くなるからだ、と説明できます。欧州放射線線リスク委員会(ECRR)年勧告では、細胞分裂時の放射線感受性は同じ個体であっても非細胞分裂時に比較して600倍も高くなる、と報告しています。(ただし動物実験に基づく)


成人避難者の健康状態の変遷

 これまでは子どもの健康状態を中心に見てきましたが、今度は成人の健康状態についても見ておきましょう。表16は成人避難者の健康状態を示すグラフです。報告書から引用します。

 「がん以外の発症率:チェルノブイリ事故から25年間に実施された調査によると、避難者の健康状態は避難以降相当に悪化している。健康障害と死亡率に関していえば、重要なファクターになっているのが非がん性疾患である。ウクライナ国家登録によると、1988年から2008年までの間に、避難者のうち健康なものの割合は67.7%から21.5%に低下した。一方で慢性疾患を抱えるものの割合は31.5%から78.5%に上昇した。」

 もちろんこの間の変遷は、研究対象者の経年という要素もあります。しかしより基本的には低線量内部被曝の深刻な影響は、“がん”発症にあるのではなく様々な種類の非がん性慢性疾患にあることは明白でしょう。また病気を抱えるということはその人の「生活の質」(QOL)の低下に直結することを考えると、低線量内部被曝の影響は極めて深刻、といわなければなりません。またこの報告では、1988年から2008年の20年間を5年ごとの4期にわけ(1988年-1992年、1993年-1997年、1996年-2002年、2003年-2007年)、この4期のうち非がん性慢性疾患が多発したのは、第3期1996年-2002年だった、としています。そして個々の疾病の増加率を見てみると、非がん性疾患の進行は依然長期化しており、「その傾向は事故時子どもあるいは10代の青年期であったものに顕著であることがわかる」としています。そしてここでついに、非がん性疾患の進行については、非放射線交絡要因と共に、低線量放射線の長期的影響を考えないわけにはいかない、と認めるにいたります。ウクライナ政府報告はICRPリスクモデルを常に念頭に置きながらも、ことここにいたって、ICRP学説を大きく逸脱せざるを得なくなるのです。

 ここでは膨大なウクライナ政府報告のほんの一部しかご紹介できません。が、これだけでも前出ICRP学説が、チェルノブイリ事故後のウクライナの現実と全く相反していることがおわかりでしょう。





(▼以上の内容は広島1万人委員会第74回チラシを転載しています。)

「伊方原発運転差止を
ヒロシマから提訴」のトピック

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