被爆地ヒロシマが被曝を拒否する伊方原発運転差止広島裁判
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「ふるさと広島を守りたい」ヒロシマの被爆者と広島市民が、伊方原発からの放射能被曝を拒否し、広島地方裁判所に提訴しました

(▼以下の内容は第90回広島2人デモチラシを転載しています。)

有機結合型トリチウム(OBT)の危険


 図1は2013年11月7日付け朝日新聞(大阪本社版)に掲載されたトリチウムに関する記事です。当時東電福島第一原発敷地内には汚染水が溜まり(現在でもそうですが)、セシウムやその他の核種を取り除いた汚染水はほとんどトリチウムしか残らず、これを敷地内に貯めておくのは意味がない、トリチウムはほぼ無害であり、太平洋に放出して構わないという議論が高まってきた頃の記事です。原子力規制委員会の田中俊一委員長もIAEAもトリチウムが大量に混入した汚染水は海に流す以外にはないだろうと主張していました。
 その時期朝日新聞は、内田俊介氏を紙面に登場させ、トリチウム無害論を紙面で展開しました。

 まず内田氏のいうところを聞いてみましょう。内田氏は、「トリチウムは自然界に1㍑あたり10Bq(ベクレル)程度ある。法令での放出限度は1㍑あたり6万Bqだ。自然界の濃度近く薄めれば放出して構わない」と述べ、取り込まれたトリチウムの半数が12日で体外に放出され、ほとんど水と同じ挙動をするので影響は小さい、過去の事例でもスリーマイル島のケースでは大気中に37兆(テラ)Bqを放出したし、福島第一でも貯めている汚染水の中には1000兆Bqもある、フランスの核燃料再処理施設では1万兆(1京)Bqも年間放出している、福島第一でも事故前は年間2兆Bqを放出していた、だから今程度なら大丈夫だ、と事実上述べています。内田氏のいうところは一体全体正しいのでしょうか?

 トリチウムはもっとも軽い元素である水素の同位体です。水素には3種類の同位体があります。トリチウムは中性子を2個もっており不安定な同位体、すなわち放射性物質です。(図2参照のこと)半減期約12年でヘリウムの同位体に壊変し安定します。内田氏は指摘していませんが、壊変する時の電離エネルギーも極めて小さく、たとえ体の中に入ってもほとんど人体には影響がない、と電力業界やそれを支持する学者・研究者、またそれを鵜呑みにして伝えるマスコミは宣伝してきました。



本当に危険なのは有機結合型トリチウム(OBT)

 トリチウムは本来ガスです。これは水素の同位体ですから当然です。(5頁の図9のトリチウムガスを参照)原子炉の中では大量に存在します。しかし原子炉の中ではガスの形よりも原子炉内の水と結合して、トリチウム水の形(HTO)で存在します。このトリチウム水(HTO)が、福島第一原発で発生する汚染水に大量に含まれているわけです。しかし同時にトリチウム水(HTO)は蒸気の形でも原子炉から大量に空気中に放出されています。内田氏がスリーマイル島事故の時には37兆Bqも大気中に放出した、というのはこの気体の形でのHTOのことです。当然福島第一原発からも大量に蒸気の形でHTOが出ています。東電は汚染水のHTO量は公表していますが、蒸気の形でのHTO量は公表していません。内田氏が「事故前は2兆Bq」のトリチウムを放出していた、といっているのは液体(水)のHTOと蒸気のHTOの合計数字のことだと見られます。

 HTO(水や蒸気の形)で放出されたトリチウムは生物の体の中にはいると炭素など有機物とたやすく結合して今度は有機結合型トリチウム(OBT)に変わります。内田氏は「体の中に取り込まれたトリチウムは12日間で半数が体外に排出される」と述べていますが、これは体の中に取り込まれたHTOの話で、いったん有機結合型トリチウム(OBT)となったトリチウムはなかなか体の外に出ません。

 後でもご紹介する最新の研究ではOBTはHTOに比べて20倍から50倍滞留時間が長いとされています。さらにHTOは細胞の中でも重要器官で使われませんが、OBTは染色体など重要器官で使用されることが多く、弱いエネルギーでも十分DNAを傷つけることがわかっています。しかも体の中に入ったHTOは炭素原子と結合し、優先的に細胞を構成する重要元素として細胞形成に使用されることがわかっています。

 しかもOBTの危険はそれだけに止まりません。細胞はOBTを水素原子とみなして高分子を構成します。ところがOBTは核壊変してヘリウムに変わってしまいます。ヘリウムには結合を担う能力はありませんから、OBTを使った高分子結合は壊れます。壊れた高分子を使用した細胞は当然のごとく破壊されます。これが「トリチウムの危険」の実態です。(7ページを参照のこと)つまり内田氏は、トリチウムを論じながらHTOの話ばかりしており、もっとも肝心なOBTの話には一切触れていないのです。内田氏の説明は、今から30年くらい前の「トリチウム安全論」で、今となっては時代遅れの非科学的な話をしているのです。



自然界で生成されるトリチウムは年間最大7.4京Bq

 内田氏がいうようにトリチウム(HTO)は自然界にも存在します。宇宙から地球上にやってくる中性子線は、自然界に存在する軽水素に中性子1個を吸収させて、重水素が生成します。重水素はさらに中性子1個を吸収して三重水素、すなわちトリチウムを生成します。こうして全地球で自然に生成するトリチウムは最新の研究によれば、年間最大7.4京Bq(7万4000兆Bq)と考えられています。ところが内田氏もいうように、様々な核施設からも人工のトリチウムが毎年大量に生成されています。商業用原子炉と核処理工場から放出されるトリチウムは、1980年にさしかかる頃まではほぼこの自然のトリチウム生成量と同等かあるいはそれを上回る程度でした。(軍事用目的放出あるいは軍事核施設からの放出は含まれず。1954年から1962年の間の大気圏核実験でほぼ160京Bqのトリチウムの放出量。また核兵器製造に関わる工場からのトリチウム放出は1970年代から80年にかけて年間約2.6京Bqだった)つまりは、1950年代以降「大気圏核実験時代」を挟んでわれわれは、1年間の自然のトリチウム生成量をはるかに上回る人工トリチウムを毎年生成してきたことになります。

 内田氏が「自然界のトリチウムは1㍑あたり10Bq」と述べているのは、こうした自然生成及び人工生成のトリチウム全体を指しています。


カナダの重水炉からのトリチウム放出量

 内田氏がいうように軍事目的の核施設や大気圏核実験を除けば、大量の人工トリチウムを放出しているのは、核燃料の再処理工場です。商業用原発からの放出がもっとも多いのはカナダの重水炉型原発です。重水炉では原子炉内の冷却材に重水を使用します。重水が中性子を吸収してトリチウムになるのですから、重水炉が大量のトリチウムを生成するのは当然のことです。図3はカナダの原発の配置図です。



 セントローレンス河、オンタリオ湖、ヒューロン湖に面して重水炉型原発が5個所作られています。ここから放排出されるトリチウムで健康被害がオンタリオ州中心に発生しました。現在はトリチウムの放排出が厳しく規制され昔ほどの量ではありません。(これ以上厳しい規制をされると安全コストの上昇でカナダの原発は立ち行かなくなる、と原発業界からの悲鳴も聞こえています)

 表1から表3は2005年までのカナダの5個所の原発からのトリチウム放排出量です。



 表3を見ると、トリチウムガス、HTO(液体)、HTO(気体=蒸気)の合計が5年間で1万7451兆ベクレル、すなわち約1.8京だったことがわかります。前述のように全地球で1年間に自然界が生成するトリチウムが最大で7.4京Bqですから、カナダの原発がいかに凄まじい量のトリチウムを出してきたかがおわかりでしょう。これで周辺の住民に健康被害が出ないわけがありません。特に激しく細胞を作る4歳以下の子ども・幼児・乳児、あるいは胎児にその被害は集中したのです。
(カナダにおけるトリチウム健康被害に関する諸研究は8ページの表11にまとめてありますので参照してください。被害は胎児、乳児、幼児に集中しているのが大きな特徴です)

核燃料再処理施設からの異常な放出

 カナダ重水炉型原発からの放出量がかすんでしまうほどの放排出を見せるのが核燃料再処理工場です。内田氏が「フランスの再処理施設では、福島第一原発にある量の10倍以上を1年間に海に出している」と述べているのは、フランスの国策核コングロマリット・アレヴァ社の子会社で核燃料再処理事業を手掛けるコジェマ社のラ・アーグ再処理工場です。ここでは年間1京Bq以上トリチウムを放・排出しています。当然周辺地域に様々な健康障害が発生しているはずですが、カナダのようにはっきりした研究報告が見当たりません。これは健康被害がないのではなく、フランス政府ぐるみで調査や研究を行わないことが大きな理由です。


なぜトリチウムは危険なのか


 6頁で示したICRPの線量換算係数は、一体どうして導かれたものなのか、という疑問が湧いてきます。それは、放射線核種が核崩壊時に放出する電離エネルギー量が基本になっています。トリチウム1gが核崩壊してヘリウムの同位体に核壊変するのですが、その時に放出するエネルギー量は1回当たり最大でも18.6keV(電子ボルト)、平均すると5.7keVと放射線核種の中では確かに弱いエネルギー量でしかありません。ICRP学説に従うと、この電離エネルギーが細胞を傷つけ、それが健康障害の原因となる(これは事実ですが、原因の一つに過ぎません)、ですから、その係数もたとえば、代表的な人工放射線核種のセシウム137と比べて700倍も小さいのです。ここで記憶して欲しいのは、ICRPのリスクモデルでは、徹底的にエネルギー量(物理量)だけを問題にしている、ということです。放射能が人体の細胞にどんな影響を与えているかといった細胞科学的観点、あるいは放射線核種が体の中に入った時(内部被曝)、どのような化学的反応を見せるか、といった化学的観点などからは一切眺めてみようとはせずに、徹底して物理学、それも科学的にはいびつな体系をもつ“放射線物理学”の観点からしか、見ようとしていないのです。

 トリチウムは、電離エネルギーが弱いから、人体にほとんど無害なのか?最近発展している様々な科学からは、決してそうは言い切れません。

 トリチウムの危険とは、すなわちOBTの危険です。その危険は外部被曝では一切発生しません。100%内部被曝で、言いかえれば、体の中に取り込んだ時におこります。

 その危険の原因は大きく2つに分類ができます。前述のようにOBTはいったん体の中で生成されてしまうと、あるいはOBTに汚染された食品を摂取して体の中に取り込んだとすると、なかなか環境濃度との平衡化が起こらずに、言いかえれば、体の中に長期間とどまります。OBTといえどもその物理的性質や化学的性質は“水素”そのものですから、当然細胞を構成する重要原子として細胞形成につかわれます。ところが、OBTが含まれた高分子は、細胞の中の重要小器官形成やその周辺で使われることが多いのです。

 図13は人間の細胞のモデル図です。通常この大きさは十数ミクロンから数ミクロン程度、ここでは仮に6ミクロン(1000分の6mm)程度としておきましょう。一つの細胞は様々な組織でできていますが、中でも重要小器官とよばれる組織があります。図13でいえば、「核」(ヌクレオ)は最重要小器官です。ここは染色体(DNA)などが収められています。また、ミトコンドリアも重要です。ミトコンドリアは細胞全体にエネルギーを供給する役割を担っています。またゴルジ体も重要です。ゴルジ体は細胞のたんぱく質処理を担っています。

 こうした、細胞の重要小器官やその周辺の高分子で、OBTが構成要素として使われるケースが多いのです。ですから体全体では微弱エネルギーと一見みえるトリチウムの放出する電離エネルギーは、こうした細胞の重要小器官を、すなわち細胞自体を破壊するのに充分なエネルギーなのです。

 ICRPのリスクモデルでは、電離エネルギーは体全体に、また臓器や組織に、また細胞全体に平均・均一に負荷する、と仮定します。しかし内部被曝では、エネルギーは局所・部分に集中的に負荷し、細胞を、臓器を、そして健康を破壊していきます。内部被曝ではICRPの「平均化概念」は全く起こりえないのです。こうして微弱と見えるトリチウムの電離エネルギーは、その実、決して微弱ではなく、細胞を破壊していくのです。



元素変換による細胞破壊

 ICRPのリスクモデルでは全く想定していない細胞破壊パターンが“元素変換による細胞破壊”です。これは電離エネルギーによる破壊ではなく、トリチウムのもつ化学的性質によって起こります。前述のようにトリチウムの物理的・化学的性質は水素そのものです。そして水素は高分子結合を担う重要元素です。そして細胞はそうした高分子から成り立っています。

 図14は細胞の最重要小器官を構成する染色体で水素が結合を担っているモデル図です。その水素結合を拡大したモデル図が右側に描かれています。高分子の重要結節点で水素が結合を担い、従って高分子や細胞を機能させている様子がおわかりでしょう。この水素にトリチウムが使われるのです。トリチウムは半減期約12年で、徐々にヘリウムの同位体に核壊変し、安定します。しかしヘリウムには水素のような結合を担う力はありませんから、トリチウムがヘリウムに壞変した時点で、その高分子結合は壊れます。高分子結合で構成されている細胞も壊れます。これが「元素変換による細胞破壊」です。

 放射線物理学だけに学問的基礎を置いて、細胞に関する科学や化学に全く学問的基礎を置かないICRPのリスクモデルでは全く説明のつかない細胞破壊、内部被曝損傷が発生しているのです。「放射線で傷ついてもDNAには修復能力がある。(事実です。しかし全体から見れば事実の一端にすぎません)だから、低線量の被曝で健康損傷することはない」とする、ICRP学派の学者・研究者の説明は、単純・幼稚で牧歌的にすら見えてきます。問題はなぜこうした単純・幼稚な説明が今なお大手を振って罷り通っているかということです。


なぜトリチウムは過小評価されるのか?


 トリチウムは有機結合型トリチウム(OBT)に変換されると、やっかいな存在であることをこれまで見てきました。体内にHTOを取り込むと簡単にOBT化することも見てきました。3頁でイアン・フェアリーの『トリチウム危険報告』を引用したように「HTO(トリチウム)は水素を持つ物体に短時間に入り込む。水素を持つ物体とは、植物、動物、もちろん人間も含めたすべての生命体」のことです。そしてたとえば、畑の農作物、スーパーマーケットの生鮮食料品、レストランや家庭の中の食品に入り込んで、有機化し生物の中に止まります。ですから、HTOは人間の体の中に取り込まれてOBTになるだけではなく、これら食品の中でOBT化し、そのOBT化した食品を人間が摂取し、さらに体内OBT濃度を増やすという関係にあります。人間が食物連鎖の頂点に位置する以上、これはやむを得ないことです。

 表7はカナダの核施設付近(5kmから10km圏内)に居住する人が1年間にどれほどのHTOを体内に取り込んでいるかを示す表です。飲料水、食品、呼吸などで7万3000BqのHTOを体内に取り込んでいます。これらは、体外に排出し居住環境のトリチウム濃度とほぼ等しくなる(平衡化する)わけですが、長期的には一定部分、体内でOBT化していきます。(ニジマスの例では約20%ですが、人間の例ではまだ確定した研究結果がでていません。また個人差も非常に大きい、という特徴もあります)

 表8はカナダの核施設にもっとも近い(1から2km圏内)に居住する人たちの年間トリチウム(HTO)摂取表です。表7に比べると摂取量は年間100万Bqと一挙に跳ね上がります。核施設に近ければ近いほど「トリチウム・リスク」が跳ね上がるということでもあります。さらに「トリチウム・リスク」はこれだけに止まりません。HTOに汚染し、内部でOBT化した食物を摂取するというリスクもあります。表8の「OBT成分」は、核施設に最短の地域に居住する人たちが、家庭菜園や自然の食品を摂取した時の年間摂取量です。OBT化するHTO摂取以外に、ちょうどニジマスの実験で「OBTの餌」をニジマスが摂取するように、OBT化した食品や飲料を摂取しているわけです。これは、核施設近辺で取れた食品摂取の例ですが、核施設から離れたところであっても、食品がOBT汚染をしていれば同じことです。



 ここから、原発に近いところ、日本では特に加圧水型原子炉のある地域や、青森県の六ヶ所村のように大量のトリチウムを発生する再処理施設近辺で採れた食品を摂取するのは、リスクがあるという結論が出てきます。これを“風評被害”(根も葉もないデマで被害を受けること)だというためには、こうしたトリチウム(特にOBT)が人体に害がない、あるいはあってもほとんど問題にするにたりない、ことが科学的に証明されていなければなりません。

極端に過小評価されるトリチウムの危険

 ところがそれがあるのです。科学的に証明されているかどうかはともかく、国際放射線防護委員会(ICRP)は、HTO(トリチウム水)の「摂取線量係数」を1Bqあたり「1.8×10-8mSv」だとしているのです。

 ICRPは、「シーベルト」(放射能から人体全身が受ける影響の大きさを示す実効線量の単位)を放射性物質1Bqからうける影響の大きさに換算できるとしています。
(これ自体おかしな話です。というのは放射能の強さは一般化・普遍化・数値化することは、可能ですが、そこからうける影響の度合いを数値化するためには、人間はすべて同じ放射能の強さから同じ影響をうける、と仮定しなければなりません。ところが科学的事実は、一定の放射能の強さ、大きさからの影響は、人によって千差万別であることがわかっています。また同じ人間でも状況によって同じ放射能から受ける影響の大きさは数百倍のレベルで違っている、別ないい方でいえば放射線感受性を一般化・普遍化することはできない、ことがわかっています。ICRPはその上に、放射線核種による1Bqあたりの実効線量換算係数まで準備しているのです。人間をロボットか金太郎飴とみなせば成立する、おかしな非科学的な話ですが、今はこの問題に深く立ち入りません)
 トリチウム(HTO)1Bq換算係数が「1.8×10-8mSv」ということは、たとえば表8で100万Bq(1.0×106Bq)のHTOを摂取しても「18μSv」の被曝線量ということになります。一般に公衆の被曝線量は年間1mSv(1000μSv)ですから、18μSvなどという数字はものの数ではありません。ここから「トリチウム無害論」が出てくるのです。内田氏のいうように「福島第一原発からの大量のトリチウム汚染水も海に流して大丈夫」という話も、日本の電力会社が「トリチウムは人体に無害です」という宣伝も、朝日新聞や毎日新聞の「トリチウム無害論」もすべて、この「換算係数」から出てきており、その他には全く根拠を持たないのです。

 従ってすべての話は、このトリチウム換算係数が科学的に見て妥当かどうか、という問題になってしまいます。ICRP内部でもこれまで、この数値は妥当ではない、という議論は何度もありました。しかしICRP勧告は頑として譲りません。なぜでしょうか?

 日本でも懸念されるのは、青森県六ヶ所村に日本原燃が建設中の核燃料再処理工場です。実は六ヶ所村再処理工場は2006年3月から2008年2月の間断続的に再処理アクティブ試験を行っており、その時放出したトリチウムは12か月換算で1200兆Bq、気体では10.6兆Bqという報告が公表されています。(表4の六ヶ所村再処理工場の項参照の事)本格稼働になれば、この数字が1ケタ上がることは間違いないでしょう。この点だけを取り出してみても六ヶ所村再処理工場を稼働させるべきではありません。



生物を汚染する気体トリチウム(HTO)

 核施設から液体の形で海や湖、川に放出されるトリチウム水が危険な理由は、HTOが海や川の生物の中に取り込まれ有機結合型トリチウム(OBT)として蓄積されそれを人間が摂取してしまうことです。しかしそれ以上に危険なのは実は気体(蒸気)の形で空気中に排出されるHTOです。このHTOは大気中に上昇し雨の中に混じって地表に降り注ぎ、食物や地表を汚染し、それを人体が取り込んで人体の中でOBT化するからです。

 このチラシのデータや見解は、イギリスの科学者イアン・フェアリーがカナダのオンタリオ州に提出した『トリチウム危険報告』をベースにして作成していますが(図4参照のこと)、フェアリーは第6章「核施設周辺の空気中トリチウム濃度」の中で次のように述べています。引用します。



 「飲料水のトリチウム濃度が上昇することは深刻な問題であるが、空気中のトリチウム濃度の上昇も同じく深刻な問題である。なぜならカナダ型重水炉周辺では、皮膚からの吸収、呼吸による吸入、水泳、食糧摂取によるトリチウム被曝(これらはすべてトリチウム蒸気によって生じるものであるが)は、飲料水摂取によるトリチウム被曝よりも、その量が大きいからである。空気中のトリチウムも液体のトリチウムも、同じように被曝をもたらす。したがって核施設周辺では、空気中トリチウム濃度も特に注意することが重要である」

 「トリチウムは水素を持つすべての物体の中に急速に入り込む。水素を持つ物体とは、植物、動物もちろん人間も含めたすべての生命である。例えば、屋台やスーパーマーケットのような店舗におかれた果物や野菜にも入り込む。簡単に言うと人間を含むすべての生物は、おかれた環境の汚染レベルに伴い、トリチウム化する」

 そして、カナダの原発からの距離による空気中トリチウム濃度の調査結果を表示しています。(図5参照のこと)これで見るとカナダの原発から半径10km以内は特に空気中のトリチウム濃度が高く、またピカリング原発周辺が特に高かったことがわかります。カナダのトリチウムによる健康被害が最初ピカリング原発周辺に集中していたことも説明がつきます。



大量にトリチウムを放出する日本の加圧水型原発

 大量にトリチウムを放出するという点では、日本の原発、特に加圧水型原発も負けてはいません。表4は公式に発表されている加圧水型原発のトリチウム水放出量です。関西電力の高浜原発、大飯原発は毎年それぞれ60兆Bq弱、75兆Bqのトリチウムを若狭湾に流していますし、四国電力の伊方原発も毎年約50兆Bqを半閉鎖海域である瀬戸内海に流しています。特に悪質なのは九州電力の玄海原発で、2010年には100兆Bqに達しており、これは2004年のカナダのポイント・ルブロー原発の放出量に相当します。つまり重水炉並のトリチウムを海に流しているわけです。

 興味深いのは2012年のデータです。この期間稼働していたのは北海道泊原発(12年5月まで)と大飯原発3・4号機(2012年7月から2013年3月)だけで、後の原発はすべて運転停止していました。すると玄海原発(56兆から2兆)、川内原発(37兆から1兆)、伊方原発(53兆から1.8兆)と軒並み大幅に下がっています。(老朽化の進む美浜原発は逆に大幅に上がっています。なにかあったと考えなくてはなりません)取りあえず原発の稼働をやめることがいかに重要かがおわかりになると思います。


深刻な玄海町の白血病死

 カナダで報告されているようなトリチウムによる健康被害は日本の原発周辺では存在しないのでしょうか?フランスのラ・アーグ核燃料再処理工場周辺がそうであったように、日本の原発周辺の健康被害はほとんど系統的な調査がなされていません。「調べなければなかったことになる」の典型的なケースです。日本政府がこうした調査をしないのは、1つには「100mSv以下の被曝では健康に害があるという科学的証拠はない」というICRPの言い分をそのまま受け入れて、「健康損傷するはずがない」と調査研究に動かないのが大きな理由です。隠れた真の理由は原発からの低レベル放射線で健康被害があるとわかると原発の居場所がなくなるからです。いくら金をもらっても「健康や生命」までも引き替えにしようという人はいません。しかし、どの原発周辺でも必ず健康被害が現地の人たちのうわさ話として存在します。健康被害はあるのです。その中で中村隆一氏は、厚生労働省の「人口動態統計」を資料として使い、「白血病」に絞って調査しました。その結果が表5と表6です。



 人口10万人あたりの白血病死は、全国平均では5人から6人弱でした。それが佐賀県全体では8人から9人強でした。玄海原発に近づくに従ってこの数字はシャープに跳ね上がります。玄海原発から15km圏内の唐津市では、2003年~2007年の平均が15.7人と全国平均の約3倍。それがさらに玄海原発から6km圏内の玄海町では38.8人に跳ね上がります。玄海町の人口は6700人ですから、1人の白血病死でも数字は跳ね上がります。またこの調査はサンプル数が少ないので疫学的に見て様々な問題が指摘され、「科学的に見て信頼性が低い」などといった批判がすぐ聞こえてきそうです。しかし、これら調査は明らかに玄海原発から放出されるトリチウムを含む放射性物質と「白血病死」の間にある有意な因果関係を示しています。

 またトリチウムに限っていえば、玄海原発から放出された液体の形のトリチウム水が海岸付近を汚染させていると同時に、気体の形で空気中に浮遊しているトリチウム(HTO)が、フェアリーの指摘するようなルートをたどって人体に入り、細胞レベルで人体を破壊し、それが様々な健康損傷を引き起こし、中村氏の「白血病死」に絞った調査に数字として表現されたことを強く示唆しています。「健康に害がないはず。従って中村氏の調査は誤っている」という議論は途端に説得力を失います。それは「健康に害がないはず」という前提(事実に裏付けられない仮説です)自体が誤っている、という他はありません。


心配な伊方原発からのトリチウム

 懸念されるのは、半閉鎖海域の瀬戸内海に大量に流されている、また大量に排出されていると推測できる四国電力伊方原発からの液体・気体の形のトリチウム(HTO)です。噂としては現地で「奇形の魚が大量に取れた」とか「子どもや乳児に病気が多い」とか囁かれていますが、これも系統的な調査研究が行われていない現状では噂話の域をでません。

 これまで科学的な研究で確認されている現象は『海岸効果』です。1957年10月イギリスの西カンブリアにある兵器級プルトニウム製造工場のウィンズケール核施設(現在のセラフィールド核施設)が火災を起こし炎上し、大量の放射性物質が大気中に拡散すると共に、アイリッシュ海に流失しました。この時核施設周辺500平方kmが汚染し、放出された放射能はヨウ素131換算で約740兆Bqとされています。兵器級プルトニウムを製造する原子炉内には当然大量のトリチウムも存在しましたが、この量は全く評価されていません。当然イギリス本土でも幼児・乳児を中心に白血病や小児性がんが発生しました。ところが約130km離れた対岸のアイルランド沿岸部でも似たような病気が幼児・乳児を中心に発生しました。発生は海岸から約800mの帯状の細長い地域で顕著に見られました。(図7参照のこと)また放射能放出のピークから約5年遅れで病気の発生がピークに達していました。こうしたことが明るみに出て、研究が開始されたのは事故後30年以上もたってからのことです。それまでは地元の人たちの“噂話”に過ぎなかったのです。これは今日ではアイリッシュ海に流れ出した放射性物質が「潮汐作用」(ゴミが海岸に打ち上げられるのと似た現象)で海岸沿岸に集積したため発生したことが確認され、「海岸効果」と名付けられています。

 図8を見てみると伊方原発は広島から100kmしか離れていません。海岸効果といえば瀬戸内島嶼部沿岸はどこが汚染されても不思議はありません。牡蠣や海苔など瀬戸内の海の幸が伊方原発からのトリチウムで汚染されているのでは、と心配するのは杞憂だと、一体誰が言い切れるでしょうか?
(なおこの項はECRR2010年勧告を参照しました)




トリチウム水(HTO)と有機結合型トリチウム(OBT)の違い


 ここでトリチウム水(HTO)と有機結合型トリチウム(OBT)の違いをもう一度確認しておきましょう。原発など核施設の原子炉の中では大量のトリチウムが発生します。1頁の図2で見るように、原子炉は減速材としてあるいは冷却材として大量の水(普通の水)を使います。原子炉内では核分裂反応で大量の中性子が発生しますが、通常の軽水素が中性子を1個吸収して重水素、さらに重水素が中性子を1個吸収してトリチウムになるので、原子炉の中で大量のトリチウムが発生するわけです。カナダの重水炉は、減速材や冷却材に最初から重水素水を使用しているので、トリチウムが発生しやすいわけです。

 トリチウムはガス(気体)ですが、気体のまま止まりにくく、すぐに空気中の酸素と結合してトリチウム水(HTO)となります。このHTOが環境に放出され、生物などの中に入り込み、生物内に大量に存在する有機物(炭素)などと結合して、有機結合型トリチウムとなるわけです。(図9を参照して下さい)



 HTOとOBTの違いはさらに深刻な影響を生体にもたらします。図10から12は、ルーマニアの「A.Melintescu」(発音できません)という研究者グループが、ニジマスを使ってHTOとOBTの違いを実験してえられた結果を模式化した図です。(この実験結果は2011年6月19日~24日の日程で、カナダ・トロント州で開催された“国際放射線環境学及び環境放射能学会”で発表されました。この研究は「大きな魚類におけるトリチウム力学」“Tritium dynamics in large fish”と名づけられています)



 一定の濃度のトリチウム汚染水にきれいなニジマスの幼魚をいれたところ、ほぼ1時間でニジマスは汚染水濃度と同程度にトリチウム濃度が上がりました。(図10参照のこと)

 このニジマスを今度はきれいな水に入れたところ、短時間のうちにニジマスのHTO濃度は下がって、水の濃度とほぼ平衡化しました。(図11参照のこと)つまりHTOは生物の体内に取り込んでも、環境濃度と平衡化しやすく、たやすく体外に排出されるということです。この意味では、1頁の朝日新聞の記事で内田俊介氏が「人間の体に取り込まれたトリチウムの半数が約12日間で体外に排出される。蓄積の影響は小さいと考えられる」といっているのは正しいわけです。しかしニジマスに取り込まれたHTOが有機物と結合してOBT(有機結合型トリチウム)になったケースでは、きれいな水に入れてやったニジマスでも数十日間おいてみるとOBT濃度は約20%もありました。(図11参照のこと)


以前から指摘されていたトリチウムの危険


 それではトリチウムの危険は最近になって指摘され始めたのでしょうか?そんなことはありません。表11はイアン・フェアリーの「トリチウム危険報告」に添付されているこれまでの研究を抜粋して説明した表です。やはり、トリチウムは健康に害があるのではないか、という疑いは、大量にトリチウムを放出してきたカナダで起こりました。同時にイギリスのセラフィールド核処理施設からも大量のトリチウムを放出していましたので、イギリスでも指摘されました。また、イギリスの「チャンネル4」というテレビ局は、カナダから技術導入したカナダ型の原子炉(CANDU型)のため、インドで発生したトリチウム被害を調査報道しています。

 カナダでは“トリチウム被害”は系統的に調査・研究され、特に乳児や幼児の間で健康被害が出ていることが確認されています。しかし、今のところ調査範囲が狭く、また健康被害も子どもの白血病や先天性異常、といった限られたエンド・ポイントでしか研究成果がでていません。それでも、原発の集中するカナダのオンタリオ州は州政府が本腰を入れて、飲料水の濃度規制に乗り出そうとしていますし、やはり加圧水型原子炉からのトリチウム被害が問題になっている、カリフォルニア州ではオンタリオ州よりさらに厳しい規制が提案されています。またトリチウムの危険が早くから認識されていたアメリカでは、すでに飲料水規制は740Bqが上限と法律で決まっており、ほぼ野放し状態のロシアや日本の約1/10の規制となっていますが、もちろんこれで充分というわけではありません。(表10参照のこと)

 トリチウムが、こうした白血病や先天性異常など限られた健康被害だけを起こしているのではなく、幅広い病気の原因となっていることは容易に想像がつく話であり、イアン・フェアリーなどは、オンタリオ州に提出した報告書の中で、国家レベルの調査研究の必要性を訴え、提案していることはむしろ当然といえましょう。

 大きな疑問があります。全体的に見れば、断片的とはいえ、カナダを中心にこれだけトリチウムによる健康被害が報告されているのに、なぜICRPは頑強に「トリチウム安全論」を展開するのか?またフクシマ惨事が継続する日本で、マスコミを通じて、あるいは核推進の学者・研究者が揃って「今のレベルのトリチウムでは健康には無害」と宣伝し続けるのか?そして全国の原発からは、運転中ほぼ無制限にトリチウムを垂れ流し続けるのか?大きな疑問です。答えは1頁に掲載した内田氏のコメントの中にありそうです。内田氏はいいます。「放出トリチウムを1/10にするのに1000億円程度かかる」原子炉で水を使う限りトリチウムは大量にでます。トリチウムは水素そのものですから、他の核種のようにフィルターで除去するわけにはいない、かといってトリチウムを取り除くには厖大なコストがかかる、そのコストをカットするには、トリチウムを垂れ流し続ける以外にはない、トリチウムを垂れ流し続けることを社会的に容認してもらうためには、「トリチウムは安全」でなければならない、と、どうもこういうことのようです。かつてアメリカで「ヨウ素131安全論」が展開されました。しかし、ヨウ素131は危険であることがその後認識され厳しく規制されるようになりました。トリチウムも同じパターンでしょう。





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