被爆地ヒロシマが被曝を拒否する伊方原発運転差止広島裁判
お問い合わせ

「ふるさと広島を守りたい」ヒロシマの被爆者と広島市民が、伊方原発からの放射能被曝を拒否し、広島地方裁判所に提訴しました


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
 伊方原発・広島裁判メールマガジン第28号
 広島高裁伊方3号運転差止決定(野々上決定)に四電異議申し立て
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
2018年1月16日(火)発行
編集長:哲野イサク
編集委員:綱崎健太
編集委員:小倉 正
編集委員:網野沙羅

━━━━━━━━━━
▽本日のトピック▽
 1.編集委員会からのひとこと(綱崎健太)
 2.広島高裁伊方3号運転差止決定(野々上決定)に四電異議申し立て(哲野イサク)
 3.【寄稿】阿蘇カルデラ噴火火砕流は玄海原発30km圏にも到達している
       玄海原発プルサーマルと全基をみんなで止める裁判の会
       永野 浩二
 4.【短信】伊方原発差止広島裁判 仮処分・本訴情報(網野沙羅)
 5.【短信】伊方原発差止山口裁判 仮処分・本訴情報(網野沙羅)
 6.<シリーズ> トリチウムの危険-1(哲野イサク)
 7.メルマガ編集後記(小倉 正)
━━━━━━━━━━

■□━━━━━━━━━━━━━━━
□  編集委員会からのひとこと
■━━━━━━━━━━━━━━━━


下記URLは昨年末、12月30日朝日新聞の社説です。
 ▼
 https://www.asahi.com/sp/articles/DA3S13296131.html

「災害大国に暮らす 教訓生かし、自衛する時」と題するこの社説では、
昨年7月の九州北部豪雨や14年に発生した広島の土砂災害、
15年に発生した鬼怒川堤防決壊などにも触れ、
自然災害に対する備えや減災努力の必要性を説いています。

自然災害といつも隣り合わせのこの国において、減災は非常に重要なキーワードです。
しかし減災といえば、原発を止めて来たるべき巨大地震にそなえるほどの原災対策もありません。
東日本大震災の時だって、原発さえなければ、
請戸の浜で起きた放射能漏れによる立ち入り禁止措置のために救助にいけなかった悲劇も、
双葉病院からの過酷な避難も、未だ故郷に帰ることの出来ない悲しみもなく、
復興に一丸となっていたことでしょう。

1回の原発事故が1回の巨大自然災害に匹敵する被害を及ぼすことを私たちは目の当たりにしました。
ところが、この朝日新聞の社説にはなぜか原発にはひと言もふれていません。
自然災害と原発は一切無関係であるとばかりに、原発を忘れてしまったかのような書きぶりです。

本当に朝日新聞は福島第一原発事故を忘れてしまったのでしょうか?
忘れてしまったのは朝日新聞だけなのでしょうか?
報道以外でちょっと見てみましょう。

YouTubeに、地球上から人類が滅亡したらどうなるかをシミュレーションした動画があります。
 ▼
 https://youtu.be/Wy7Q6wazD_E

好評を博しているようですが、この動画によると、原子力発電所は人類滅亡から
約1ヶ月後に冷却水の蒸発により放射能漏れを起こすそうです。
が、それは時間が回復してくれるのだそうです。

アメリカの映画で『カリフォルニア・ダウン』という映画があります。
カリフォルニアを巨大地震が襲うというSFパニック映画らしいのですが、
この映画の原題が“San Andreas”で、これはカリフォルニア州を縦断するほどの大きさの断層の名前です。
この断層が動いてM9.5の地震が起きたという設定の映画です。
カリフォルニアにはその周辺も含めると、廃炉中のものもあわせて4カ所原発があります。
特にディアブロ・キャニオン原発がこの断層によるM9.5の地震の影響を受けないとは到底考えられません。
しかし、本作中に、ディアブロ・キャニオン原発が崩壊するなどという設定は一切ありません。
サンフランシスコの高層ビルが巨大津波で半分海水につかる中でレスキュー隊に所属する主人公が、
無事家族を救出するというお話になっています。
ハリウッドでも原発問題はタブーとなっているようです。

日本ではというと、当編集委員会の小倉正曰く、加久藤カルデラ
(鹿児島県湧水町から宮崎県えびの市および小林市にかけて広がる東西約15km、南北5kmのカルデラ)
の破局的噴火の前にちゃんと予測して、川内原発の核燃料を
どこかの安全地帯に移動したというSF小説「死都日本」があるとのことです。
九州電力のパンフレットか何かだったのでしょうか。
(画像でたどる死都日本HP http://kazan-net.jp/shitoWWW/index.html は破局的噴火の勉強になります。)

放射能汚染なんて野暮なこと言っていたら映画も小説も作れないじゃないかというのはもっともな意見です。
ロマンチックなひとときでも、少年の大冒険でも、放射能汚染をひとときでも忘れた方がずっと話はうまくいくでしょう。
しかし、社説ではそうはいかないでしょう。
今生きている現実の世界から目をそらして生き続けることは困難です。
たとえ朝日新聞が原発事故を忘れたふりをしても、原子力緊急事態宣言は今も発令中です。

(綱崎健太)


■□━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
□  広島高裁伊方3号運転差止決定(野々上決定)に四電異議申し立て
■━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

伊方原発3号機に原子炉運転差止を命令した広島高裁決定(以下野々上決定)に対して
四国電力は17年12月21日、広島高裁に対し異議申し立てを行い決定の取り消しを求めた。
その際提出した「保全異議申立書」を一読すると、「オレがルールブックだ」と
いわんばかりの四国電力の本音が剥き出しに出ていていかにも興味ふかい。

■司法審査の在り方
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
四電が裁判所に提出した「保全異議申立書」を見てみると、
四電は野々上決定の指摘する争点(1)「司法審査の在り方」を槍玉にあげる。

そこでまずは野々上決定をみてみよう。

野々上決定は

 「設置運転によって放射性物質が周辺環境に放出され、
  その放射線被曝により当該施設の周辺に居住等する者がその生命、
  身体に直接的かつ重大な被害を受ける危険性が存在しないこと」
 (「具体的危険の不存在(1)」)も

 「規制基準の不合性性又は基準適合判断の不合理性が事実上推定される場合には、
  被告事業者は、それにもかかわらず、当該発電用原子炉が施設の運転等によって
  放射性物質が周辺環境に放出され、その放射線被曝により当該施設の周辺に居住等する者が
  その生命、身体に直接的かつ重大な被害を受ける危険性が存在しないこと」
  (「具体的危険の不存在(2)」)

もその立証責任は四電にあるとする。

決定文を一部引用したため、分かりにくい記述になったが、
要するに「具体的危険の不存在」という表現がミソである。
これが「具体的危険の存在」という表現であれば、立証責任はすべて住民側にあるが、
「不存在」を立証するのであるから、その責任はすべて四電に負わせることになる。
立証責任をすべて事業者側に負わせる、これが野々上決定の「司法審査の在り方」を貫く骨格だ。

そして「具体的危険の不存在」(以下「不存在」)を上記の(1)と(2)に分けている。

不存在(1)は、原子力規制委員会の規制基準やその審査に合格していれば、その立証は出来たとする。
もし規制基準やその審査に不合理がある場合の「具体的危険の不存在」(不存在(2))の立証責任も当然四電にあり、
四電は疎明を尽くさなければならないが、疎明に成功したか失敗したかは、
曖昧な「社会通念」によるのではなく、他でもない裁判所が判断する―これが「野々上決定」のもう一つの骨格だ。

<たとえば次のような記述。「抗告人らの主張疎明(反証)を考慮に入れて、
 相手方(引用者注:四国電力側)が基準の合理性及び基準適合判断の
 合理性の主張疎明に奏功したといえるか否か
 (及び相手方がこの点の主張疎明に失敗した場合に具体的危険の不存在の主張疎明に奏功しているか否か)
 について判断する」(決定書179頁)>


■「人格権」の価値を低く見る四電
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
四電は、意識してかあるいは無意識にかは不明だが、
この野々上決定の論理構造に真っ向から反論している。

四電「保全異議申立書」は次のようにいう。

 「人格権に基づく妨害予防請求権を根拠として本件3号機の運転差止を求めているところ、
  ・・・中略・・・人格権に基づく差止請求は、
  相手方(引用者注:四国電力側)が本来行使できる権利や自由を直接制約しようと
  するものであるから、これが認められるためには、人格権を侵害される具体的危険性
  が切迫していることが必要となる。」
  (同申立書5頁)

これは「具体的危険性」の存在証明が必要だといっているに等しい。
「存在証明」ということであれば、その疎明責任は債権者側(住民側)が負うことになる。
立証責任を全面的に住民側に負わせる―これはこれまでの住民敗訴の「司法審査の在り方」の枠組みに他ならない。
まことに「司法審査の在り方」とは、野々上決定が指摘するように
「争点(1)」であり、原発裁判の「一丁目一番地」なのだ。
 
ところで申立書のいう「本来行使できる権利や自由」とは憲法が保障する
「経済活動の権利と自由」のことである。
従ってここで見えてくる対立構図は、「経済活動の権利と自由」対「人格権」ということになろう。
 
ところが日本国憲法は「人格権の価値」を「経済活動の権利と自由の価値」よりはるか上位においている。
もともと対立する価値概念ではないのだ。
ところが四電はこれが対立関係にあるとして、次のようにいう。

 「経済活動の権利と自由を制約するものであるから人格権侵害の疎明責任は住民側にある」

経済活動の権利と自由が人格権を侵害するかどうかが問題であり、
人格権の価値が法体系上最上位にあるのなら、
四電の経済活動の権利と自由が人格権を侵害しないことを立証するのが当然であり、
「経済活動の権利と自由」が「人格権」を侵害することを立証しろとは思い上がりも甚だしい。
四電の主張は、「人格権の価値」を「経済活動の権利と自由の価値」と同等、
あるいはもしかすると後者の価値の方が大きいと考えていることの表明に他ならない。
四国電力が日本国憲法軽視の考え方をもっていることを示すものとして特筆するに値するだろう。
 
果たして申立書は次のように続ける。

 「すなわち、債権者ら(引用者注:住民側)においては、
  (1)具体的な起因事象の内容(地震、津波等の自然現象等)並びに起因事象が発生することの切迫性及び蓋然性、
  (2)その起因現象により本件3号機の重要な機能が喪失することとなる具体的な機序及び蓋然性、
  (3)その機能喪失に対して講じている各種安全対策が奏功しないこととなる具体的機序及び蓋然性、
  (4)これによって本件3号機から放射性物質が環境中に放出されることとなる具体的な機序及び蓋然性について、
   主張疎明しなければならない。」
 (同5頁)
 
すなわち四電は「危険の不存在」ではなく「危険の存在」証明こそが必要だとして、
その立証責任を全面的に住民側に負わせるのである。
まさに野々上決定の「司法審査の在り方」と真っ向から対立している。
しかしこの対立も元をたどれば、前述のごとく四電の思い上がりと「日本国憲法軽視」の思想に行き着くのである。
この世の中は四国電力や原子力事業者のために存在しているのではない。


■「低線量被曝の危険」が隠れた重要争点
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
さらに申立書は、

 「債権者ら住所地と本件発電所との距離が100km又は60kmであることが
  示されるのみであってなんら具体的な検討が行われていない。」
  (同申立書6頁)

として野々上決定を批判する。

野々上決定の論理では、100km圏居住者(広島市民3人)も60km圏居住者(松山市民1人)にも
放射線被曝によって被害が及ばないこと(「被曝被害の不存在」)の立証責任も当然四電にあるわけだが、
四電は「被曝被害の不存在」証明などは全く想定していなかった。
そこで「なんら具体的な検討が行われていない」などと見当違いな批判をすることになっている。
野々上決定の論理に従えば、「被曝被害の不存在証明は、アンタがやるんだよ。
それを全くやっていないじゃないか」ということになる。
ただしここで四電が野々上決定の真意を測りかねて戸惑っていることも事実である。
たとえば「申立書」は次のようにいう。

 「債権者らが、避難計画を策定すべき範囲の外に居住しており、当該範囲
  (注:現行原子力災害対策指針によれば「概ね30km圏」が避難計画を策定すべき範囲)
  が妥当であることは原決定(注:野々上決定のこと)も是認しているところである。」
  (同6頁)

とし、

 「そうであれば、債権者らの居住地が本件3号機の安全性の欠如に起因して生ずる
  放射性物質が周辺の環境に放出されるような事故によってその生命、身体に直接的かつ
  重大な被害を受けるものと想定される地域であると直ちには言えず」
  (同6頁)

と述べ、債権者の居住地が30km圏外にあるので野々上決定は論理矛盾だ、としている。
しかし、野々上決定をよく読むと、放射線被曝被害の蓋然性問題は避難計画策定問題とは
全く別な文脈で語られていることがわかる。
ありていにいって「60km圏、100km圏住民の被曝被害問題」と「避難計画策定問題」には直接のつながりは全くないのだ。


■計画で想定する避難基準は100mSv
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
現行原子力災害対策指針で想定する「避難(一時移転と屋内退避を含む)」の基準は「被曝線量100mSv以上」である。
(「放射性物質の拡散シミュレーションの試算結果について - 原子力規制庁 2012年10月」)
規制委が対策指針策定時、参照した資料はICRP2007年勧告以降の一連の諸ICRP勧告である。

これら諸勧告でICRPは新たに「3つの状況」に基づく「放射線防護政策」を勧告した。
3つの状況のうちの「緊急時被曝状況」では、ICRPは避難実施を被曝線量20mSvから100mSvの範囲で
規制当局が選択できるとした。

2011年3月の福島原発事故発生当時、民主党政権(=当時)は上記のうち幅の最低値である
被曝線量20mSvを避難の基準としたのであり、一方で規制委は対策指針策定時、
上記のうち幅の最高値である被曝線量100mSvを選択、
これを基準としたのである。野々上決定はこうした状況をよく理解しており、
「60km圏・100km圏住民にも放射線被曝で直接的かつ重大な被曝被害の蓋然性がある」
とした決定に際しては、100mSv以上の被曝被害を想定した原子力災害対策指針でいう
避難計画策定地域、すなわち30km圏に居住する者であるかどうかは全く問題にしていない。

かといって野々上決定が何を基準として「60km圏・100km圏の住民被曝被害」
の結論を導き出したのかは明示されていない。
野々上決定の論理に従えば、四電が「被曝被害の不存在」証明に失敗していることで十分なのである。
 
しかし野々上決定の強く示唆するところは明白であろう。
60km圏、100km圏の住民が被る被曝被害は、100mSv以下の被曝、
いいかえれば低線量被曝による被害である。
野々上決定はこの被曝被害を「生命、身体に直接的かつ重大な被害が及ぶないし
被害が及ぶ蓋然性が想定できる(前々号のメルマガ記述)」と言っていることになる。
すなわち野々上決定においては、隠れた重要争点が「低線量被曝の危険」なのだ。

申立書を読む限り、四電はこの隠れた争点に全く気がついていない。
あるいは気がついていたとしてもまともに反論ができない。
伊方現地の住民や一般向けには「100mSv以下の低線量被曝は安全です」といえても、
裁判所に対してそれはいえない。
ICRPを支持する学者を含め「低線量被曝は安全です」という言説を
いまや誰も支持しなくなっているからだ。
どんなに原発推進を熱烈に支持する放射線学者であっても
「100mSv以下の被曝にはわからないことが多い」というのがせいぜいだ。
しかしこれでは「被曝被害の不存在」を疎明したことにはならない。


■見当違いな反論に力を入れる四電
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
一方で火山事象に関して四電はどう反論しているか?

四電は申立書の中で「火山事象の評価判断に明らかな事実誤認がある」(同11頁)としている。
四電の主張は以下の通りである。
伊方3号機の運転期間中に設計対応不可能な火山事象が
原子力発電所に到達する可能性は十分小さいと評価できるから、
原決定には明らかな事実誤認がある、というものだ。

しかしこれは反論になっていない。

野々上決定の火山事象(火砕流到達の可能性)に関する論理構造は次の通りである。
まず規制委員会の定めた火山影響評価ガイドをおおむね正しいものとして、
審査がこの通りに行われているかどうかを検証する。
 
野々上決定は火山影響評価ガイド(以下火山ガイド)の定めを次のように解釈している。

 「(1) 原子力発電所から半径160km圏の範囲の領域(地理的領域)に位置し、
    将来の活動可能性がある火山について、原子力発電所運用期間中の
    火山活動性が十分小さいかどうかを判断する。
  (2)(1)の活動可能性が十分小さいと判断できない場合は、原子力発電所の
    運用期間中に発生する噴火規模を推定する。
  (3) (2)の噴火規模を推定できない場合には、当該火山の過去最大の噴火規模を想定し、
    設計対応不可能な火山事象(火砕流)が原子力発電所に
    到達した可能性が十分小さいかどうかを評価する。
  (4) (3)の火砕流が原子力発電所に到達した可能性が十分小さいと評価できない場合は、
    原子力発電所の立地は不適となり、当該敷地に原子力発電所を立地することは認められない。」
   (野々上決定要旨3頁)

伊方原発に当てはめれば、約130km離れた阿蘇カルデラが該当する火山ということになる。
野々上決定によれば、(1)の活動可能性があるかどうかも②の噴火規模を推定することも
現在の火山に関する科学ではできないことが学会の通説となっていることから、
結局(3)の「過去最大の噴火の時に阿蘇カルデラから火砕流が到達した可能性が十分小さいかどうか」だけが問題となる。

これに対して四電は、(1)の阿蘇カルデラの活動性があるかないかは
運用期間中に科学的に予測できるとし、その可能性は十分小さいと主張している。
これは火山学会の通説とは異なり、独自の主張というべきもので、
野々上決定の立場からいえば到底受け入れがたい。
四電が野々上決定に反論しようとするなら、阿蘇カルデラの過去最大の噴火の際、
火砕流が現在の伊方原発の敷地に到達した可能性が十分小さいことを疎明しなければならない。
(3)を問題としているのに(1)が可能だと主張するのでは論点が噛みあっていない。
これを先ほども見たように「裁判所の事実誤認だ」と四電は主張するわけである。


■一日の損害は1億円と主張する四電
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
野々上決定は次のように結論する。

 「阿蘇カルデラの過去最大の噴火である阿蘇4噴火(約9万年前)の
  噴火規模(火山爆発規模{VEI}7)を想定し、火砕流が伊方原発敷地に到達する
  可能性が十分小さいかどうかを評価することになる。」
 (同要旨3頁)

とし、四電の疎明は

 「伊方原発敷地に到達した可能性が十分小さいと評価することはできないから、
  (4)により伊方原発の立地は不適であり、
  伊方原発敷地に原子力発電所を立地することは認められない。」
 (同3頁から4頁)
 
もっとも四電もその申立書において、阿蘇4噴火で火砕流が伊方原発敷地に到達した可能性について

 「佐田岬半島を含む四国において阿蘇4噴火による火砕流堆積物を確認したとの知見はない。」
  (同申立書13頁)

との反論をしているが、その疎明を見るといかにも歯切れが悪い。
(恐らくこれから出てくる補充書で本格的な疎明をするものと考えられる)

その他、火山事象のうち「火山灰濃度問題」や野々上決定が規制委の火山ガイドを誤解しているとの
指摘など興味深い論点がいくつも出てくるが割愛する。

ただここでは四電が

 「債務者には一日あたり1億円程度の損害が発生する。
  このように本件仮処分によって債務者に莫大な損害が発生することに加えて、
  本件仮処分は平成30年(注:2018年)9月30日までの期限付き命令となっていることを踏まえ、
  裁判所におかれては、争点を火山事象に対する影響評価に絞り、
  迅速な審理と可及的速やかな判断を強く求める。」
  (同申立書18頁)

と述べ、早く禁止命令を取り消してくれ、といわんばかりであることを紹介するにとどめる。

(哲野イサク)


■□━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
□ 【寄稿】阿蘇カルデラ噴火火砕流は玄海原発30km圏にも到達している

□    玄海原発プルサーマルと全基をみんなで止める裁判の会
■                       永野 浩二
□━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 広島高裁の決定は玄海原発周辺に住む私達にとっても大きな喜びでした。
 画期的な勝利を手繰り寄せた原告団・弁護団のみなさんに心から感謝申し上げます。

 昨年6月13日、私達が求めていた玄海3・4号機再稼働差し止め仮処分申し立てを佐賀地裁は却下しました。

 最大の争点は、基準地震動の過小評価問題でした。
 私達は現行の入倉・三宅式に基づく基準地震動では過小評価となることから、
 その4.7倍の評価となる武村式を使うべきことを主張してきました。
 もう一つの大きな争点が、実際に起きた配管損傷が同様に起きて重大事故に至る危険性でした。
 九電は安全性についての具体的な立証をしなかったにもかかわらず、
 地裁は九電の説明だけを鵜呑みにして
 「九電の説明は合理的で、具体的な危険が存在するとは認められない」と、私達の主張を退けました。
 甚大な犠牲をもたらした東京電力福島第一原発事故から何も学ばない司法の姿勢に対して、
 怒りをもってただちに福岡高裁に即時抗告を申し立てました。
 もう7か月経ちますが、最初の抗告審についての高裁からの連絡を今も待っている状態です。

 この仮処分は、3.11からわずか3か月後の2011年6月、玄海2・3号機再稼働が持ち上がり、
 それを受けて7月7日に申し立てたものです。
 この時は国の「ストレステスト」実施方針発表と、
 当時の古川佐賀県知事を発端とする「やらせメール」発覚で再稼働はいったん止まりました。
 しかし、仮処分の審査は続き、約6年間24回の審尋を経て、昨年1月16日に終結しました。
 
 時を同じくして、1月18日、原子力規制委員会が玄海3・4号機再稼働審査書を正式決定。
 それを受けて山口祥義佐賀県知事は同意に向け、住民の理解を得るための「手続き」を次々と進めました。
 住民説明会では住民の意見はすべて「反対」。
 30キロ圏8市町のうち伊万里市など4市長と3議会も再稼働に反対しました。
 しかし、知事は4月24日、こうした声をすべて無視して、「再稼働はやむを得ない」と同意したのです。
 
 私達は納得できないと、3つの裁判闘争(仮処分、九電が被告の全基差止裁判、国が被告の行政訴訟)を継続しながら、
 法廷外でも九電、国、自治体などへの要請や、住民へのポスティングを続けてきました。

 そうした中での、神戸製鋼所データ不正事件、そして、広島高裁決定。
 今月にも再稼働とされていたスケジュールが2か月延期となりました。
 私達はただちに、九電と知事に対して、神鋼データ不正の全貌の解明と、
 阿蘇巨大噴火で玄海も立地不適となることから再稼働の中止を求めて要請を行いました。
 玄海原発30キロ圏にも9万年前の阿蘇カルデラ噴火の火砕流が到達し、
 10メートルもの火砕流堆積物が現存しているのです。
 この件について、知事同意の前提となった「県原子力安全専門部会」では
 まったく議論や検証がなかったことを県も認めました。
 県としての独自の検証と住民への説明も求めました。
 また、これらについて裁判の中でも触れていきたいと考えています。

 「安全」を誰も保障しない原発、放射能被ばく前提の避難計画、
 核のゴミの未来世代への押し付け…原発は命の問題だからこそあきらめる訳にはいきません。

 裁判闘争を軸として、一人ひとりができることをやっていく。
 そして、全国の同じ志の仲間たちと手を携えながら、
 原発と放射能におびえることのない社会をなんとしても実現したいと思います。

 (筆者は「玄海原発プルサーマルと全基をみんなで止める裁判の会」所属。
  同会のWebサイトは次。http://saga-genkai.jimdo.com/ )

 ※なお別市民グループである「原発なくそう!九州玄海訴訟」は、
  2017年1月佐賀地裁民事部に「玄海原発再稼働禁止仮処分申立」を行った。
  同事件は5回の審尋期日を経て9月に結審し、
  2018年1月現在佐賀地裁の決定待ちという状況にある。こちらも注目される。
  あるいは広島高裁決定の影響も現れるかも知れない。
  同グループのWebサイトは次。<http://no-genpatsu.main.jp/>

(編集委員会)



■□━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
□ 【短信】伊方原発差止広島裁判 仮処分・本訴情報
■━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

<仮処分>
 2017年12月21日、四国電力が異議審を広島高裁に申立。
 2018年1月10日、異議申立書が裁判所から届く。

<本 訴>
■2018年1月31日第9回口頭弁論期日
 ▽御案内チラシ
 http://saiban.hiroshima-net.org/pdf/20180131.pdf
  13:30  広島弁護士会館集合
  13:45  広島地裁に向けて乗込行進開始
  14:00  進行協議
  14:30頃 口頭弁論開始
      第4陣原告よる意見陳述
  15:00頃 閉廷
  15:15頃 記者会見・報告会開始
  17:00頃 終了

■2018年3月26日第10回口頭弁論期日


■□━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
□ 【短信】伊方原発差止山口裁判 仮処分・本訴情報
■━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

以下、お知らせを転載いたします。

■2018年1月20日(土)
 原告団結成総会兼山口裁判の会の総会
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
仮処分を先行していた山口裁判は、昨年2017年12月27日に
山口県内外在住の174名(内未成年者6名)の原告団で、
山口地方裁判所岩国支部に、伊方原子力発電所運転差止請求事件の訴状を提出しました。
1月20日に原告団結成総会(兼・山口裁判の会総会)が開催されます。
是非ご参加ください。

▽御案内チラシ
http://saiban.hiroshima-net.org/pdf/yamaguchi/20180120.pdf

  日 時:2018年1月20日(土曜日)14:00~
  場 所:島田コミュニティセンター2階大会議室
      (光市島田4丁目13-15 TEL:0833-72-1443)
       ※光市民ホールの隣り、1階に喫茶店のある建物です。
  連絡先:伊方原発をとめる山口裁判の会  事務局(周南法律事務所)
      (周南市弥生町3丁目2番地 TEL:0834-31-4132)


■2018年2月8日(木)
 山口地裁岩国支部 伊方原発3号機仮処分 第6回審尋期日・証人尋問
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
山口の仮処分はいよいよ大山に差し掛かってきました。注目の小松正幸氏の証人尋問です。
証人尋問は口頭弁論として開かれます。公開の法廷で実施されるので「傍聴」が可能です。
証人尋問は午後1時40分から行われ、申立人側60分、四国電力側の反対尋問も60分の予定です。
証人尋問後、第6回審尋が行われます。こちらは通常通り一般非公開です。
仮処分審尋は、4月には結審する予定です。
是非、多くの方の傍聴参加いただきたく、御案内いたします。
なお、審尋後に報告集会が予定されております。こちらも是非ご参加ください。

▽御案内チラシ
http://saiban.hiroshima-net.org/pdf/yamaguchi/20180208.pdf

 <証人尋問傍聴>
  証人:愛媛大学名誉教授 小松正幸先生
  集合時間:2018年2月8日(木曜日)12:50
  集合場所:山口地裁岩国支部1Fロビー
      (山口県岩国市錦見1丁目16?45 TEL: 0827-41-0161)
  傍聴席:31席
      13:00から整理券配布、その後抽選が行われ、傍聴券配布となります。
  口頭弁論(証人尋問):13;40~

 <第6回審尋期日報告集会>
  日 時:2月8日開始時間未定(第6回審尋終了後)
  場 所:岩国市中央公民館第3講座室(3F)
     (岩国市岩国4丁目4-15 TEL:0827-43-0174)
  連絡先:伊方原発をとめる山口裁判の会  事務局(周南法律事務所)
     (周南市弥生町3丁目2番地 TEL:0834-31-4132)


■□━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
□  <シリーズ> トリチウムの危険-1
■━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

四国電力伊方原発、関西電力大飯原発・高浜原発・美浜原発、
九州電力玄海原発から大量に環境中に放出されるトリチウム。
事故時ではなく通常運転中に放出される放射性物質です。
電気事業連合会や原発推進に熱心な学者、研究者は声を揃えて
「この程度のトリチウムなら人体に無害」といいます。
この言説は正しいのでしょうか?


■トリチウムとは何か?
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
トリチウムは水素です。
そう、あの原子番号1番の水素、ビッグバンで宇宙に最初に登場した原子、
すべての原子の中でもっとも軽いあの水素です。
正確にいえば、トリチウムは水素の同位体の一つです。
水素は陽子1個と電子1個で構成される非常に特別な原子で中性子をもちません。
この状態の水素の同位体が軽水素です。
軽水素が1個の中性子を吸収するとこれが重水素(デュートリウム)という同位体になります。
重水素がさらに1個の中性子を吸収すると三重水素(トリチウム)という同位体になります。
水素の3つの同位体のうち軽水素と重水素は安定した同位体ですが、
三重水素(トリチウム)は不安定な同位体で時間の経過と共にベータ線を放出しながら核崩壊し、
ヘリウム3というヘリウムの同位体に壊変し安定します。

従ってトリチウムは放射性物質です。
物理的半減期は約12.3年。
つまり約12年でその電離エネルギーは半減します。

トリチウムは水素そのものですから、当然のこと、
その物理的性質も化学的性質も水素の挙動と一致します。
このことがトリチウムという放射性物質を非常に特殊なものとし、またやっかいなものとしています。
水素は酸素と非常に化合しやすく、自然界では“水”の形で存在しますから、
トリチウムもやはり“水”の形で存在します。
またこのこともトリチウムを他の放射性物質と際だって異なる特殊な放射性物質としています。


■地球上のトリチウム
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
水素は自然界には“水”という形で豊富にあります。
なにしろ地球表面上は約7割が海や河、湖沼で掩われている水の惑星です。
また大気中には水蒸気という形で大量の水素が存在します。
一方宇宙からは、磁気圏や大気圏といった地球を放射線から護る「シールド」をかいくぐって、
宇宙から降り注ぐ放射線全体から見ればわずかですが、中性子線が地表面に届いています。
軽水素は中性子を1個獲得して重水素、重水素がさらに1個獲得してトリチウムができるわけですから、
こうして地球上では自然のトリチウムが生成されることになります。
イギリスの科学者で「Tritium Hazard Report」という報告書を書いたイアン・フェアリーは、
こうして生成される自然トリチウムは地球全体で
年間最大約7.4京ベクレル(7万4000兆ベクレル)だと述べています。
また日本語ウィキペディア「三重水素」は「年間約7.2京ベクレル」としています。
どちらにしても地球上では毎年7京ベクレル以上の自然トリチウムが生成されているとみて間違いないでしょう。

▼「Tritium Hazard Report」
 http://www.greenpeace.org/canada/Global/canada/report/2007/6/tritium-hazard-report-pollu.pdf

▼日本語ウィキペディア「三重水素」
 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%89%E9%87%8D%E6%B0%B4%E7%B4%A0

 
■人工トリチウム
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
一方で核実験や核施設から人工的に生成されるトリチウムも膨大です。
これまでで大量の人工トリチウムを環境に放出したのは“大気圏核実験”でしょう。
特に1954年から62年の8年間にアメリカ、ソ連を中心とする
大気圏核実験で放出されたトリチウムはほぼ160京ベクレルだ、と
前掲報告書の中でイアン・フェアリーは推定しています。
毎年生成される自然トリチウムの3倍近い人工トリチウムを毎年環境に放出したことになります。
これら大気圏核実験時代のトリチウムは今も環境に残っていると考えられ、
特にフォールアウト・トリチウムと呼ばれています。
(「トリチウムの環境動態」百島則幸・富山大学水素同位体科学研究センター研究報告)
 
一方で60年代に入るとアメリカを中心とした諸国では原発ラッシュがはじまり、
また核再処理事業も開始されていきます。
これら核施設から放出される人工トリチウムもまた膨大です。
こうして80年代にさしかかる頃になると、これら商業用核施設から
毎年環境に放出されるトリチウムはほぼ自然トリチウムの量と拮抗するようになった、
とフェアリーは前掲書で推定しています。
 
ただしこれらの数字には核兵器工場など軍事核施設からのトリチウム放出は含まれていません。
全体を推定する資料に乏しいからです。
ただしフェアリーは、核兵器製造が下り坂にさしかかる70年代から80年代は
毎年2.8京ベクレルのトリチウムが核兵器製造諸工場から環境に放出されたと推計しています。
 
原発施設ではカナダの重水炉群からのトリチウム放出が群を抜いています。
発表されている公式のデータではカナダの5箇所の原発から放出されたトリチウムは
2001年から2005年の5年間で毎年3000兆ベクレルから4000兆ベクレル、
5年間合計では約1.75京ベクレル(1万7500兆ベクレル)のトリチウムを放出しました。
(「カナダの原発から放出されるトリチウム」を参照のこと)
  ▼
 http://saiban.hiroshima-net.org/img/canada_tricium.jpg

 (現在ではトリチウムの被害が知られるようになってトリチウム放出は厳重に規制されている。
  なお東京電力福島第一原発敷地内に汚染水として貯蔵されているトリチウムは約1000兆ベクレル。
  これを薄めて放出すれば良い、という議論があるが、薄めようが1000兆ベクレルという総量は変わらない。
  愚かな議論というほかはない。環境省の告示に年間総量規制がないことにつけ込んだ一種のトリック論法である)
 
また核再処理施設の放出するトリチウムも膨大です。
フランスのラ・アーグにある核コングロマリット、アレヴァ社傘下の核再処理工場が
年間約1京ベクレル程度のトリチウムを英仏海峡に放出しているのはよく知られた話ですし、
青森県六カ所村にある日本原燃核再処理工場から太平洋に放出されるトリチウムの量も又膨大です。
 
日本原燃は2006年3月から2008年8月まで断続的に「再処理施設アクティブ試験」を実施しました。
その時放出したトリチウムを12カ月ベースにしてみると約1200兆ベクレルに昇ります。
(日本原燃2008年2月27日「アクティブ試験経過報告<第4ステップ>による」)
仮に六ヶ所村再処理工場がフル稼働に入った場合を想定してみると、
放出するトリチウムは約2京ベクレル」という計算になります。
 
日本の加圧水型原発のトリチウム放出量も負けてはいません。
「平成25年度版原子力施設運転管理年報」によれば、
2002年度から2011年度(年度末は2012年3月)の10年間、
九州電力玄海原発は約820兆ベクレル、関西電力大飯原発は約750兆ベクレル、
高浜原発は約570兆ベクレル、四国電力伊方原発も約570兆ベクレルのトリチウムを近隣の海に放出しています。
(「日本の加圧水型原発のトリチウム放出量」参照のこと)
 ▼
 http://saiban.hiroshima-net.org/img/torichium_2002-2012.jpg

これがどれほど膨大な量かは、1979年の米スリーマイル島原発事故の時に放出したトリチウム量約37兆ベクレル、
また福島第一原発事故の時最初の27カ月間で放出したトリチウム約40兆ベクレルと比較してみれば一目瞭然でしょう。

こうして自然生成のトリチウム量の何層倍もの人工トリチウムが毎年地球環境に放出され、
後でも見るように環境のトリチウム濃度を上げていることが大きな問題です。
その生命・健康に与える影響の大きさを考えると、「CO2地球温暖化説」などとは比較にならない大問題だと考えます。
 
(特に四国電力伊方原発の場合は、放出先が半閉鎖水域である瀬戸内海であり、
 周辺のトリチウム環境濃度を上げているという点で悪質です。
 人の体内のトリチウム濃度は環境のトリチウム濃度と平衡化します)

 
■「トリチウム無害論」の根拠
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
それでは何故トリチウムはこのように野放しに近い状態でほぼ無規制なのでしょうか?
環境省の告示では、環境に放出するトリチウム濃度の上限は1リットルあたり6万ベクレル、
飲料水については1リットルあたり8000ベクレルですから規制はないも同然です。
原子力規制委員会に至っては原発からのトリチウム放出規制値すら整備していません。
 
それは「トリチウム無害論」ともいうべき言説がまかりとおっているからです。
トリチウム無害論者がどんなことをいっているのか、ちょうどここにわかりやすいテキストがありますので
それを閲覧しながら話を進めましょう。
 
テキストに使うのは2013年11月7日付け朝日新聞(大阪本社版)に掲載された
「トリチウム 放出が現実的」と題する記事です。
 ▼
 http://saiban.hiroshima-net.org/img/20131107_asahi.jpg

ちょうどこの頃、福島第一原発敷地内にトリチウム汚染水のタンクが溜まり続け、
薄めて太平洋に放出すべきかどうかという議論が高まっていた時でした。
(今も事情は悪くなりこそすれ当時の状況が改善されたわけではありません。)
薄めて環境省の告示する基準(6万ベクレル/リットル)以下にすれば放出しても何ら問題はない、
トリチウムは人体にほとんど害はない、これに反対する漁民の気持ちはわかるが、感情的であり非科学的だ、
などとする批判がやんわりと拡散されていた頃でした。

この記事に登場するのは内田俊介氏(エネルギー総合工学研究所特任研究員=当時)。
内田氏は日立製作所出身で、元東北大学教授、元日本原子力学会水化学部会長の肩書きが示すとおり専門家中の専門家であり、
また典型的に原子力ムラの住人です。

この記事の中で内田氏は次のように述べます。

 1.トリチウムは自然界に1リットル当たり10ベクレル程度ある。水素の
   同位体で水の一部として存在する。体内で濃縮されることはない。
  (内田氏は自然界に1リットル当たり10ベクレル存在するといっていますが、
   これは今まで見たとおり環境に存在する自然トリチウムと
   これまでの核実験や核施設放出の人工トリチウムを合算した時の数値です。
   全く自然な状態では、たとえば海水中濃度は
   1リットルあたり数ベクレルにしか過ぎません)
 
 2.トリチウムの物理的半減期は12.3年だが、取り込まれた半数は約1
   2日で体外に排出される。(生物学的半減期は約12日)水と同じように
   動くので影響は小さいと考えられる。

 3.トリチウムは自然界に存在する。ゼロでなければ怖い、というのは科学
   的な議論ではない。

内田氏はこのインタビューの中でウソをいっているわけではありません。
しかし真実の全体を語っているわけでもありません。
真実全体の一部を語っているわけですが、全体の一部をあたかも全体であるかのように語っている点は問題です。
あるいは一番うまいウソのつきかたかもしれません。


■トリチウムは崩壊エネルギーが小さい
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
内田氏はこのインタビューの中では語っていませんが、以上の論点のほかに、
「トリチウム無害論者」がその根拠とするのが、トリチウムの核崩壊エネルギーの小ささ(弱さ)です。
放射性物質には放射能があります。
「放射能」とは要するに電離エネルギーを放出する能力のことですが、
その電離エネルギーの大きさは「電子ボルト」(エレクトロン・ボルト=eV)という単位で表現することができます。
もちろんトリチウムが核崩壊する時に発する電離エネルギーも電子ボルト(eV)の単位で表すことができます。
トリチウムが核崩壊する時に発する電離エネルギーは核崩壊1回あたり最大でも18.6keV
(kは1000の単位。1万8600電子ボルト)。
平均すると5.7keVの電離エネルギーを放出するに過ぎません。
これを例えばセシウム134の100万電子ボルト以上、
あるいはセシウム137の数十万電子ボルトなどと比較すると
確かにトリチウムは崩壊時の電離エネルギーは小さいのです。
それだけトリチウムによる放射線被曝影響は小さい、というのが無害論者の根拠の一つになっています。

たとえば、国際放射線防護委員会(ICRP)は、
放射性物質ごとに1ベクレルあたりの実効線量換算係数をこと細かく決めていますが、
トリチウムの換算係数は1ベクレルあたり『1.8×10-8mSv』(HTO経口摂取の場合)に過ぎません。
トリチウム1ベクレルは「1億分の1.8mSv」だというのです。
そうすると100万ベクレルのトリチウムを摂取しても
わずか「18μSv」の被曝線量ということになってしまい、
なるほどトリチウムはほとんど無害な放射性物質だということになります。

 (ICRPの実効線量概念は、「電離放射線による全身被曝の影響度」というものです。
  その影響度を数値化しその単位を“シーベルト=Sv”として表現したのが実効線量概念です。
  よく考えてみるとこれは科学的な概念とはいえません。
  放射能の濃度=単位はベクレル、放射線の吸収線量=単位はGy、などは
  客観的な物理量ですから数値化できますが、
  全身が放射線から受ける影響度となると、
  人によって、またその人の状況・状態によってバラバラですし、
  そのばらつきには数百倍から数千倍の差があります。
  影響度となると個人・固体の違いが大きく
  とても客観的・科学的に数値化できるものではありません。
  これを客観的な科学的概念というためには、個人差・個体差をまったく無視し、
  放射線感受性や放射線抵抗力は人みな同じ、
  まるで均一大量生産のロボットと前提するほかはありません。
  ICRPも実効線量概念成立のためには
  均一大量生産のロボットを前提する必要があることはよく承知しており、
  その勧告の中でロボットという替わりに、
  “代表的人= a representative person”を想定していると述べています。)

 (また科学的な物理量概念である放射能濃度=ベクレル、を
  本来非科学的な概念である実効線量に換算する“換算係数”も
  厳密には科学的概念とはいえません。
  ここに換算係数に恣意的な操作が行われる余地があります。
  トリチウムの実効線量換算係数“1.8×10-8mSv”は、
  「トリチウムの影響を過小評価している、
  トリチウムの影響を小さく見せかける操作が行われている」という批判が絶えないのも、
  根源的には実効線量換算係数そのものが科学的概念ではない、ところにその理由があります。)

要するに、「トリチウム無害論者」の主張をまとめて見ると、

 (1)トリチウムは自然界にも大量に存在する、
 (2)生物学的半減期が短い、
 (3)核崩壊の際の放出電離エネルギーが小さい、

という点に集約されるようです。
 
このトリチウム無害論者の主張が本当に正しいのか、トリチウムにはどんな種類があるのか、
人の体の内部でどんな挙動をするのか、特に細胞に対してはどんなふるまいをし、
どんな影響があるのかなどについては次号以下でみることにします。

(哲野イサク)


■□━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
□  メルマガ編集後記
■━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 哲野編集長による今号の解説を読んでみた内容に基づいて、
 四国電力の誰かさんの頭の中を覗いてみました。

 ・・・他の3つの仮処分(高松、大分、山口)で次の差し止め決定が出る「前」に
   広島高裁の異議審で勝てれば勝ちたいところだな。
   今や四電は手負いの獣状態だからな、弾が3発あればどれかは実弾で新たなダメージを被るかもしれん。
   勝てたとしても大分、山口と地裁の後に高裁の抗告審がさらに2つ控えている。
   山口地裁岩国支部が済むともう一度広島高裁に行かなくちゃ?ブルブル縁起でもない。

 ・・・3つの仮処分では「すでに伊方は差し止められているのだから新たな決定を出すべき緊急性がない」と、
   門前払いの判断をしてもらわないとたまったものではないのに、
   間近な期限を切っているものだから他の裁判長たちも降りるに降りられないじゃないか、
   なんてこしゃくな野々上め。(ギシギシ歯ぎしり。)

 ・・・しょうがない、とにかく異議審では一丁目一番地の司法審査のあり方についての判断を求めるのは避けて、
   争点を火山問題一本に絞り、負けも覚悟で早く終わらそう。

 ・・・そして最高裁へ上告すれば(なにやら弁護士は条件について難しそうなことを言っとるが)
   ここなら国策企業である四国電力の肩を持つ。
   司法審査のあり方のところをもう一度ひっくり返す最高裁の判断を、
   できれば他の仮処分決定より先に出してもらおう。

 ・・・最高裁のお墨付きさえ貰えれば、それに逆らう裁判長たちは出て来ず、
   全部楽勝。いまいましい裁判仮処分の連発の季節も一瞬で消し飛んでしまうだろうよ。
   フッフッ。

 以上は、もちろんフィクションです。

(小倉 正)


==================
伊方原発運転差止広島裁判
URL http://saiban.hiroshima-net.org/
◆伊方原発広島裁判メルマガ編集部◆
メールマガジンを退会されたい方は
メルマガ編集部 mm@hiroshima-net.org
までご連絡ください
==================



ページのトップへ戻る