伊方原発広島裁判原告団声明ー東電福島第一原発事故発生から6周年に寄せて
すべての原発を止め、日本を真の民主主義社会へ
3.11をきっかけに反原発運動へ
いきなり声明文起草者の私事にわたって恐縮です。
6年前、福島第一原発事故が発生していなければ、おそらく原発について起草者がここまで深く考え、行動することはなかったでしょう。
化学会社の技術職として、2011年3月11日、東京首都圏に出張中だった起草者は東日本大震災に遭遇しました。その時は、プラント技術職の端くれとして、この国では大きな原発事故は起こらないだろうと日本の技術力を信じていました。
広島に戻る新幹線の中、福島第一原発で爆発という電光掲示板のテロップニュースを見た時の衝撃は忘れもしません。地震、津波、原発苛酷事故と最悪な状況であり、この国はどうなってしまうのか・・・。
私が住む場所から最も近い原発のことが気になり、まだ上関原発が建設されていなかった事を知って安心しました。恥ずかしながらそんなことすらも知りませんでした。上関原発建設予定地からおよそ4キロの祝島では30年以上にもわたって、福島原発事故前から原発建設反対運動が続けられており、建設を拒んできた歴史を知りました。建設反対の声をあげ続けてきた方々に心から感謝し、上関原発の建設を絶対に許してはならないと心に誓いました。
こうして起草者は反原発運動に身を投じるようになりました。そして昨年3月11日、四国電力伊方原発運転差止と3号機の運転差止仮処分命令申立が広島地裁に提訴された時、一も二もなく原告団に参加したのです。私のように「3.11」をきっかけとして反原発運動に身を投じるようになった人たちのなんと多いことか。この人たちは自らの生きる権利を侵されつつあることを感じたに違いありません。
福島原発事故とその後の経過が提起すること
福島原発事故そのもの、そしてその後の経過は、はしなくも戦後健全に発展しているかのようにみえた日本の民主主義社会の暗渠を余すことなく明るみに出しました。
事故そのものが、日本の原発推進政策がプロパガンダ「原発安全神話」の上に成り立ったものであることを露呈しました。元首相でさえ「オレは欺されていた」というほどです。虚構を構築して社会を危険な方向に引っ張って行こうとする力、そしてそれに全面協力するマスメディア・・・。そして長いものには巻かれろとばかり唯々諾々として、全体としていえば無批判・無自覚に付き従った社会と市民。その構図は軍国主義が日本を破滅に導いた戦前の構図とあまりに相似しています。2011年の福島原発の水素爆発は、1945年の原爆の炸裂とあまりにダブって映ります。
そして事故後のいきさつは、曖昧なままの事故原因の究明、事故責任追及の不徹底、知らぬ間に経済負担させられている事故処理費用・・・、なにもかも曖昧なまま原発再稼働に突っ走る日本政府と時の政権、とこれも戦争責任を曖昧にしたままの戦後の出発とよく似ています。
就中、最大の問題は、「個人が人らしく生きる権利」がないがしろにされたまま、「復興」のむなしいかけ声と共に事故処理が行われていることです。福島原発事故被害者に対する賠償や補償、生命や健康に対する手当や医療体制など、チェルノブイリ事故を起こした旧ソ連政府、解体後継承したロシア政府、ウクライナ政府、独裁国家のベラルーシ政府と比較してみても、個人が人らしく生きる権利はないがしろにされています。放射性物質を大量に含んだ汚染土と共に暮らす生活、本来人が生活すべきではない放射能に汚染された生活環境に「帰還」させる政策。個人が人らしく生きる権利は国家の利益、原発をなお推進したい人たちの利益のために犠牲にされています。
福島原発事故とその後のいきさつは、戦後出発した日本の民主主義がまだまだひ弱で幼稚な段階にあることを示しました。
原発問題はまた憲法問題
しかし戦前の日本社会と福島原発事故後6年目の今、私たちが生きる日本社会との間には明々白々な違いがあることも事実です。それは日本国憲法の存在です。戦前明治憲法の下では天皇に最高の価値がおかれ、帝国日本の総覧者は天皇であり、国民は天皇の臣民であり、個々人が固有にもっている人間らしく生きる権利の価値は、常に天皇制国家の価値の下位におかれました。だからこそ「天皇陛下万歳!」と叫んで自らの命を犠牲にして厭わなかったのです。
現在の日本国憲法下ではそうではありません。個々人の固有の権利、基本的人権、幸福に生きる権利、個々人の尊厳を守る権利などなど、これらを総称して人格権と呼べば、人格権に最高の価値があると規定しているのです。個々人が固有にもつ人格権は、日本という国家の価値の上位にあります。
それは、2014年5月21日、関西電力大飯原発3、4号機運転差止請求事件における福井地裁の樋口英明裁判長がその判決文に、
「・・・生存を基礎とする人格権が公法、私法を問わず、すべての法分野において、最高の価値を持つとされている以上、本件訴訟においてもよって立つべき解釈上の指針である。
個人の生命、身体、精神及び生活に関する権利は、各人の人格に本質的なものであって、その総体が人格権であるということができる。人格権は憲法上の権利であり(13条、25条)、また人の生命を基礎とするものであるがゆえに、我が国の法制下においてはこれを超える価値を他に見出すことはできない。」(同判決文38頁)
と述べている通りです。
私たちは、昨年3月11日広島地裁に、四国電力伊方原発運転差止を請求する訴え(本訴)と現在稼働運転中の3号機運転差止仮処分命令申立の訴え(仮処分)の2件を同時提訴しました。この訴えの法的根拠は、ほとんど唯一の法的根拠は、日本国憲法が保障するこの人格権なのです。
日本の社会には現在の日本国憲法が気にくわない人たちがいることも事実です。そうした人たちが作った憲法草案を読むと明らかに明治憲法への回帰が認められ、個々人の持つ人格権の価値は国家の価値の下位におかれています。もしこの憲法草案通りに日本国憲法が変えられてしまっては、私たちの訴えはその法的根拠を失います。私たちに勝ち目はありません。
伊方原発広島裁判は伊方原発の運転停止を求める闘いであると同時に、より本質的には日本国憲法の精神を実体化する闘いでもあります。「ほら、憲法には原発を止める力があるのだ」と。
この意味では原発を廃絶する闘いは、同時に憲法を守り、その精神を実体化する不断の闘いでもあるのです。
仮処分決定は目睫
原爆被爆者を中心として結成した私たち原告団は、ちょうど1年前の3月11日に伊方原発の運転差止を求めて広島地方裁判所に提訴しましたが、特に仮処分申立は、原発を直接止めることのできる実効性のある手段であり、原発をなくしていく大きな直接の力になると考えています。
仮処分を申し立ててからはや1年、その間松山の市民が、また大分の市民が、そして今年3月3日には山口の市民が伊方3号機の運転差止の仮処分命令を求めてそれぞれの地裁に提訴しました。
広島地裁(吉岡茂之裁判長、久保田寛也右陪席、田中佐和子左陪席)の決定も目睫に迫っています。
仮にこの仮処分事件に勝ったとしても、私たちはこれが終わりとは全く考えていません。根強く、執拗に、核推進を続けるこの国の、巨大企業を背景とする権力構造を考えれば、今回の勝利はほんの手始めに過ぎないのです。また負けたとしても、これから続く長い闘いの一コマに過ぎず、私たちは決してあきらめません。原発をはじめ、あらゆる核施設の終焉を見届けるまで私たちは戦い続けます。
このように私たちの反原発の闘いまた裁判闘争は、単に反原発運動に止まりません。日本国憲法を守り、その精神を現実のものとし、日本の民主主義をたくましく育む戦いでもあります。
一人でも多くの方々に原告として参加していただき、すべての原発を止め、日本を、人格権を最高の価値とする真の民主主義社会とするため、共に力を尽くしていただきたいと呼びかけます。
2017年3月11日
伊方原発広島裁判原告団
伊方原発広島裁判原告団声明ー東電福島第一原発事故発生から6周年に寄せて